Kabamy23のお知らせです。

 

【企画】
天使・噴水・宇宙船―杉崎恒夫と井辻朱美、比べ読み!

 

【日時】
日時:4/16(日) 14時-17時
場所:あんさんぶる荻窪 第1教室(3階) ※最寄:JR荻窪駅
地図:http://www.city.suginami.tokyo.jp/shisetsu/katsudo/ensemble/1018713.html
会費:300円

 

【内容】
前回の企画で、二人以上の歌集を合わせて読む「凸凹コンビで読もう」というアイデアが考案されました。今回はそれを応用し、二人の歌人を比較して今まで気づかなかった作品の魅力に迫ってみたいと思います。
そこで取り上げるのは、杉崎恒夫さんと井辻朱美さんです。実は、他の作者はあまり使わないけれどお二人はよく使うモチーフがあります。例えばタイトルにあげた「天使」「噴水」「飛行船」などです。今回はそんな共通モチーフの歌を比較し、作品の中でどんな効果を生んでいるか、それには違いがあるかを検討していきます。

 

〈天使〉
鶏小舎に飼われていたのはマルケスのぼろぼろ天使二月ふる雨 杉崎恒夫
オルガンの長い雨足透きとおり水柱のなか天使の婚姻 井辻朱美

〈噴水〉
捻れつつ立ち直りつつ噴水を支えいるのは水の軟骨 杉崎恒夫
家族づれの幽霊あまた回遊す博物館の噴水まはり 井辻朱美

〈飛行船〉
飛行船ビルの背なかを過ぎるとき空間がちょっとゆがむ学説 杉崎恒夫
飛行船しずかに針路を変えるとき蒼が揺れよう幌のごとくに 井辻朱美

※杉崎恒夫さんの「崎」の字の正式な表記は異なりますが文字化け防止のためこの表記で書いています。

 

【進め方】
今回は久真八志がコーディネーター(?)となり、共通モチーフの歌についての調査結果を発表します。それをもとに、参加者の皆さんにはディスカッションしていただきます。
※内容は変更される場合があります。

 

【事前課題・準備資料について】
事前課題は特にない予定です。

 

【参加資格】
・会員、購読会員のどなたでも参加できます。事前連絡なしで当日飛び入りの参加も歓迎です。
・非会員で参加を希望される方は事前の連絡が必要です。

 

【連絡】

定員はありませんが、人数把握のため参加希望の方はkabamy@kaban-tanka.jp(Kabamy専用アドレス)までなるべくご連絡をお願いします。当日飛び入り参加も可能です。
終了後に二次会(喫茶店)があります。二次会に参加されない方は申し込みの際あわせてお伝えください。

 

以上。

 

Kabamyスタッフ 久真八志

久真八志

Kabamyレポート(第二十二回)二〇一七年二月十二日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1教室)

【参加者】飯島章友、高柳蕗子、久真八志、杉田菜子、藤島優美 
(ゲスト)中成

 

今回のKabamyは「歌集を読む」形式の勉強会(※)の新しいやり方を開発するというテーマで行いました。
※歌集を一冊取り上げ、その考察を行う形式。一人以上のリポーターによる基調発表、パネルディスカッション、参加者による数首選などいくつかバリエーションがある。歌集の批評会なども含む。

 

[1]オープニング
・参加者の自己紹介 

 

[2]これまでの「歌集を読む」勉強会の問題を探ろう
・事前に参加者および非参加ながら協力いただいた方へのアンケートを行っており、その回答をもう一度検討する。
アンケートの設問は「歌集を読む勉強会に出て期待外れだった経験はなにか?」
・回答内容の要点をホワイトボードに書きつつ、「回答者が勉強会に最も期待していたことは何か」を深堀りする。
(主な回答例)
・「忌憚なく厳しいご意見を」と司会者が言うが、「忌憚なく言えない」という根本問題を改善する工夫をせず口先だけで「忌憚なく」と言う程度の問題意識である。また忌憚なく言うのが「厳しいご意見」では「ほめるかけなすか」という次元のジレンマを克服できない。
・リポーターと他の参加者の質疑応答があったが、互いに重視しているポイントが異なり、論点がずれたまま意見が対立する状況が生まれ、場の空気が悪くなってしまった。
・規定のリポート発表時間をオーバーして長引いてしまう。そのあとのディスカッションの時間がなくなる。また時間を守れない発表者はたいていの場合、自分の言いたいことが定まっていない。だから自分の発見したいくつかのことの、ほとんど全て言及しようという構えで、結果的に論点が散漫になってしまう。
・作者の立ち位置とか、思想が問われる場面があったのに、沖縄から来られた年長者(福島の時も)なので、突っ込めない。現場性とか、作者の切実さと、作品の成立とがごちゃ混ぜのまま話される。作品の読み方が問われないと面白くないのだが、当人と対面してだと、かなり際どい話になる。
・作者が仲良しでその友人をただ持ち上げているときは聞いていても新しい発見がなくつまらないと感じる。
・複数のパネリストの意見がけっこう食い違っていたが、それぞれ「私はこう思います」で終わってしまった。司会が議論を促したが、うまく発展しなかた。

 

[3]「今まで勉強会でできていなかったこと」は何か?
・「期待外れだったこと」は「今までの勉強会でできていなかったこと、つまり期待されていたが提供できていなかった価値」である。
・「今まで勉強会でできていなかったこと」のうち、似た意見を集約する
・全員で、特に解決すべき重要な問題を合議で決定する。今回は3つの問題を設定した。
問題A「歌集の新しい見方を成果として提示できない」
問題B「作家(歌人)を論じてしまう」
問題C「相容れない立場の人と話ができない」

 

[4]「今まで勉強会でできていなかったこと」を解決するアイデアをたくさん出そう
・2人ずつのチームに分かれ、[3]で解決すべきと決めた「今まで勉強会でできなかったこと」を割り当てる
A解決チーム 飯島、中
B解決チーム 久真、杉田
C解決チーム 高柳、藤島
・各チームはその解決策のアイデアを出す。まずはとにかくたくさんアイデアを出すことを目指す。目標は20個。
※解決策は勉強会のテーマの設定条件や進行のルールなど、イベントを進行させる枠組み(フォーマット)であることとする。個人の力量に依存しないで済むことを念頭に置く。
・各チームは思いついたアイデアを大き目の付箋に書きとめ、模造紙に貼るなどして発想を広げていく

 

[5]もっとも効果的な解決策を考えよう
・各チームは[4]で出た解決策のうち、もっとも効果的なアイデアはどれかを議論し、最終的に提案する一案を絞る。その案に沿った企画書を作る
 企画書の形式:「歌集を読む」形式の勉強会のフォーマット・タイトル・コンセプトを書く

 

[6]コンペ【プレゼン&質疑応答】
・各チームの企画書をホワイトボードに貼り出し、『これからの「歌集を読む」勉強会はこれ!』というテーマの発表を行う。持ち時間は3分。
・プレゼン後、参加者全員で講評。

 

Aチーム
 タイトル:少数精鋭による長期戦
 コンセプト:歌集の新しい見方を成果として提示できない、を解決する
 フォーマット:個人個人が辞書、ネット、書評を活用し予習してくる。少人数(なるべく部外者を含む)のグループ分けをし、発表し合う。勉強会を終えてから時間をおき、もう一回同じテーマ(歌集の新しい見方)で勉強会を行う。
 ねらい:まず既にある歌集評を集め、インプットする。少人数にするのは互いに顔が見える距離を維持し、気軽にしかし集中を維持しながら議論の質を高める効果を狙う。なるべく短歌以外の造詣のある参加者を加えることで多角的な意見を取り入れる。短時間では有効な意見が出ないこともあるので、一度勉強会をしたあと、ある程度の期間を置いてもう一度勉強会を行う。

 

Bチーム
 タイトル:凸凹コンビで読もう!
 コンセプト:作家(歌人)を論じてしまう、を解決する
 フォーマット:リポーターは二人の作者の歌集を比較する。二人の作者は属性(出身地、生年、職業、性別等)に共通でない点があること。二つの歌集はモチーフ・修辞・文体などで似ている要素があること。発表者は属性の違いに関する何らかのデータ(統計、史実)を出すこと。
 ねらい:作者個人の事情ではなく、環境というもう少し拡げた枠組みで作品の背景を捉える。そのために二人の何らかの属性の異なる作者の歌集を選び、その属性にフォーカスして論じる。客観性のある資料を用意することで焦点を明確に、かつ共有しやすくする。歌集はまったくかけ離れたものではなく一見似ていると感じられるものを選定する。

 

Cチーム
 タイトル:この指とまる??
 コンセプト:相容れない立場の人と話ができない、を解決する
 フォーマット:読む人の立場で見解が異なりそうな歌集を取り扱う場合に適用。作者自身に「作者がこだわって発信したいこと」を先行して調査する。調査をもとに読者アンケートを実施する。アンケートでは回答者情報の他、作者の見解や立場に対して賛同・中庸・反対・無関心など共鳴の度合いを訊きつつ、好きな歌を選歌してもらう(例えば二〇首など)。パネリストはこのアンケート結果(共鳴の度合いごとに現われる選歌傾向の違い)を考察の対象にする。傾向に違いがあるならば背景は何か、まんべんなく選ばれる歌があるならばどこに良さがあるか。
 ねらい:歌の技法だけに焦点をあてると、むしろ作者のこだわりや発信したいことを軽視してしまう恐れがある。そこで共通の基盤を得る、客観性をもたせる、作者の意図の尊重の三点を重視したい。そのためまず作者の見解を明確にする。次にあえて作者を含む関係者の立場の違いと選歌傾向を調べて客観性のあるデータに変換することで、参加者間の分断があることを共通認識として得られる。パネリストはその状況を考察することで、各人の立場を尊重しつつ考察が可能となる。

 

【参加者の感想】
・面白かったこととしては、自分の経験について発言し、皆で話し合ったことで、勉強会では新しい見方を見出すといった、今後の目的意識などを確認できたり、実際に勉強会の新しい方法を発想できたと思えることです。
・人が集まって意見交換をする場を有意義にするためには、共通の地盤から出発できるよう「場」を設計する工夫が必要だとわかった。
・勉強会の内容そのものについて話し合うことで、計画も立てやすくなって良かったのではと思います。また「こういうことがあって困った」話が「あるあるネタ」的に共有されていくのが面白かったです。

 

(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十一回)二〇一六年十二月十一日(日)
於あんさんぶる荻窪(第1教室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、河野瑶、山下一路、沢茱萸(ゲスト)中崎成、温井ねむ
今回のKabamyは「歌集の副読本ビブリオバトル!」と題し、歌集の副読本を紹介し合いました。また後半には本年度短歌研究新人賞「いつも明るい」(武田穂佳)の選考委員選評を検討しました。

 

 

◆歌集の副読本ビブリオバトル!
【進め方】
1.発表参加者が読んで面白いと思った本(歌集の副読本)を持ってくる
2.順番に一人5分間で本を紹介する
3.それぞれの発表の後に参加者全員でその発表に関するディスカッションを行う
4.全ての発表が終了した後に「どの副読本が単体で一番読みたくなったか?」および「どの副読本と歌集をセットで読みたくなったか」を基準とした投票(一人五点持ち。自由に配分)を参加者全員で行い、最多票を集めたものをおのおの『チャンプ本』とする

 

【発表】
◎温井ねむ
副読本「べっちんとまんだら」松本次郎
歌 集「ビットとデシベル」フラワーしげる
 副読本は杉並区の河川敷でゾンビ駆除を行うべっちんとまんだらという少女を描いた漫画だが、ストーリーにはほとんど脈絡がない。作中の描写は彼女の妄想ではないかと思われる箇所もあり、またべっちんは記憶の欠落を抱えている。自分自身に頼るところがないまま、べっちんの強い感情だけが作品を通貫している。ここでは自分自身が感情の穴となっている。
「ビットとデシベル」の作中主体は矛盾するアイデンティティによって分割され、それらが衝突し合うような全体を持たない存在である(久真、Kabamy14) 自分自身が何者かははっきりしないが、強い感情は確かに存在し、大きなエネルギーとして自分のなかに渦巻いている。

 

◎沢茱萸
副読本「性悪猫」やまだ紫
歌 集「燦」河野裕子
 『性悪猫』の中に収められた「天空」という二ページの作品を紹介し、漫画で表現された「短歌的視点」について論じた。作品冒頭に登場する猫(作中主体)の視点が、コマを進めるごとに猫から離れて最後は作者の意識の世界へと転じ、読者も共に「そこ」に連れて行かれるのである。このような体験が、非常に短歌的であると考察した。
 河野裕子の連作「菜の花」の中に「しんきらりと鬼は見たりし菜の花の間(あわい)に蒼きにんげんの耳」という一首がある。やまだ紫は『性悪猫』の次作のタイトルを『しんきらり』とし、作品冒頭で「菜の花」の連作九首すべてを引用している。このことから、当時やまだが河野裕子の短歌に少なからず影響を受けていたことは明らかである。
 つげ義春はやまだ作品について「ストイックすぎて読後のカタルシスがない」と評しているが、「菜の花」が収められた河野裕子自選歌集『燦』を読んで、こちらもまたストイックさを感じずにはいられないのである。

 

◎久真八志
副読本「草食系男子の恋愛学」森岡正博
歌 集「それはとても速くて永い」法橋ひらく
「草食系男子の恋愛学」では、劣等感を抱えているせいで恋愛に対する苦手意識がある男性を草食系男子とし、彼らが自分の弱いところとどう向き合うべきかを説く。男性には自分の弱いところを隠すために身につける鎧があるという。ちなみに発表者は自分のなかの怒りを隠したくて感情を出すのを苦手にしていたため、『電線で混みあっている青空のどこかに俺の怒りの火星【アレス】』という歌集収録された一首に共感を持っている。
歌集の主体は性欲への嫌悪を詠ってもいる。それが行き過ぎて、人を強く愛したいという欲求すら抑えるべき対象になってしまっているのではないかと感じた。人に愛情をぶつけることの激しさを恐れて、それを隠すための鎧として優しさを身につけているように思える。自らの優しさに対する屈託はそこからきているのではないか。

 

◎飯島章友
副読本「川柳神髄」尾藤三柳
歌 集「一握の砂」石川啄木
明治43年に刊行された『一握の砂』には一般的なイメージに反し〈変な歌〉も散見される。この啄木の変な歌は「へなぶり」という明治狂歌の影響を受けていた可能性が高い。狂歌とは五・七・五・七・七で構成される諧謔形式の短歌。〈啄木のへなぶり調〉とはたまに耳にするが、「へなぶり」がどんなものなのかを記した書物は殆どない。ここに紹介する『川柳神髄』は、先日亡くなった川柳家・尾藤三柳氏の評論集。本書は「へなぶり」についても一テーマとして論じている。本書によると「へなぶり」は明治38年2月24日、読売新聞紙上に同紙の川柳欄選者だった朴念仁が「へなぶり」と題する狂歌二首を発表したことに始まり、その後読者からの投稿が寄せられてたちまち人気欄になったという。狂歌・川柳が啄木に影響を与えていたかもしれないと思って読むと実に興味深い。

 

◎河野瑤
副読本「整形前夜」穂村弘
歌 集「羽虫群」虫武一俊
 穂村弘はなぜ痛いおじさんにならないのか。それは驚異をベースにした年齢不詳の若さによるのではないか。穂村は副読本で「驚異こそが詩の源泉である」と断定し、若者は驚異と親和性が高いと述べている。
しかし一方で近年の若者については言葉が共感寄りにシフトしている可能性を述べ、それによって世界が更新されず、より大きな世界の滅びにつながることを危惧する。
虫武の歌はニートや就職面接が題材として取り上げられ、それらへの感慨が詠われていると捉えられがちである。しかし世界への違和感をベースにした驚異の歌も散見される。今の若者は以前よりもこの環境の中で驚異を表現しているのかもしれない、それを知るためにいい歌集であろう。

 

【結果】
副読本のみ:沢茱萸の紹介した「性悪猫」(やまだ紫)がチャンプ本となった。
 【会場意見】短歌と絵の関係性についてインスピレーションを得られそう。
副読本+歌集:飯島章友の紹介した「川柳神髄」(尾藤三柳)+「一握の砂」(石川啄木)がチャンプ本となった。
 【会場意見】これまで石川啄木にはあまり興味が持てなかったが、「へなぶり」という全く知らない見方を与えてくれそう。

 

 

◆短歌研究新人賞「いつも明るい」(武田佳穂)選評の検討
進め方:該当作品の選考委員(穂村弘、加藤治郎、栗木京子、米川千嘉子)の選評や座談会の講評を読み、最も納得できる/納得できない評をしている選考委員をひとりずつ挙げる。
以下、会場意見を抜粋。


・作者を高校生ぐらいの若い年代に想定し、その作歌姿勢に踏み込んで、若者らしいとポジティブに評価してしまっている。想像される人物像と作者が全く異なる年代性別だったとしたら通じないやり方ではないか。それを避けて作品にフォーカスしている委員もいる。
・ほとんどの選考委員が青春にうっとりし過ぎではないか。今の十代の現実が表れていると評価する発言もあるが、年齢がかなり上である委員が、なぜそれを十代の現実だと言いえるのか。自分が体験してきた青春のきらめきを投影して、その良さにうっとりしてしまっているだけではないか。十代の現実は多様であるのが当たり前なのに、特定の傾向を「若者らしい」と言う根拠が見出せない。選考委員の好みの青春、若者らしさを評価しているに過ぎないのではないか。
・外界と向き合い自らの心を覗きこんでいる点を評価しているが、それがなぜポジティブに評価し得るのか。それだけで良いと言えた時代はもう過ぎているのではないか。
・受賞作の感情の淡さを「ゼリー状の輝き」と表現した点は的を射ている
・裏を返せばすべて嘘かも知れないという感覚が詠われているとする評があるが、その不確かさに焦点を当てているのがまさに受賞作ではないか。大方の選考委員は、ストレートに十代の感情の淡さが表れていると捉えてしまっている。
・受賞作は「キャラづくり」をしているという見方も可能である。選考委員で作者の今後を楽しみにしているような発言があるが、このキャラでそのまま行くのは難しいのではないか。
・そもそも選評のなかでで今後が楽しみというエールを送ってしまうこと自体、評として適当でない。更にこの発言の背景には、作者のプロフィールが不明であるにもかかわらず、作品で描かれた人物をストレートに作者像と重ねる読み方がある。現在の短歌では必ずしもそれが一致しないことを念頭に置くべき。

(記/久真八志)