Kabamyレポート(第二十九回)二〇一八年四月八日(日)
 於かたらいの道・市民スペース(第1会議室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友 
 今回のKabamyは「勝手にアンソロジーを企画しよう!」です。参加者それぞれが歌人アンソロジー企画を考えました。なお収録する歌人は100年以内に生まれた歌人に限ります。

 

〇飯島章友
『三十一文字(みそひともじ)のミステリー』  
・「三十一文字のミステリー」とは、本のタイトルであると同時に、あらかじめ与えられた方向性でもあります。「ミステリー」という方向性を与えられたとき、それぞれの短歌は作者の歌意を離れ、恐ろしくも蠱惑的なミステリーへと変わっていくことでしょう。収録歌から皆さんはどのようなミステリーを創出するのでしょうか。わずか三十一文字だからこそ、読者の想像力が活かされるのです。


■春日井建『未青年』
夜行針を壁よりはづせり十四歳の甥の水死の刻(とき)九時五分
■寺山修司『月蝕書簡』
義母義兄義妹義弟があつまりて花野に穴を掘りはじめたり 
■村木道彦『天唇』
マフラーは風になび交うくび長き少女の縊死を誘うほどの赤
■石川美南『離れ島』
なんとまあ重い肉塊 ひきずつて冬の休日診療所まで
■佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』
縊死、墜死、溺死、轢死を語りたり夕餉の皿に取り分くるごと
■東直子『青卵』
つぶしたらきゅっとないたあたりから世界は縦に流れはじめる
■浅井和代『春の隣』
いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり
■松平盟子『青夜』
梨をむくペティ・ナイフしろし沈黙のちがひたのしく夫(つま)とわれとゐる  
■加藤治郎『サニー・サイド・アップ』
樹をぬらす雨に目覚めて二階から姉の降りてくる気配をにくむ
■佐藤昌『冬の秒針』
うつむいてコピーしているわたくしをだれかがコピーしているような

 

〇高柳蕗子
『大人向けの美麗短歌絵本シリーズ 第一期 十人十色』
・体裁は横長の子供の絵本みたく、見開きで絵と短歌を配置する=30ページ
・イラストレーター3人で5人ずつとか
・コンセプトは鑑賞だが、巻末に解説。多少は年代や個性を比較しテーマを考察。
・「赤」の回を例示


■1919年生まれ杉崎恒夫
目が赤くなるのはC D花粉症モーツァルトはとくにあぶない
■1920年生まれ塚本邦雄
停電の赤き木馬ら死を載せてとまれり われはそれに跨る
■1928年生まれ馬場あき子
赤うをの煮こぼれし目の白玉はさびしくもあるか口にふふみて
■1929年生まれ高瀬一誌
十冊で百五十円也赤川次郎の本が雨につよいことがわかりぬ
■1936年生まれ寺山修司
トラホーム洗ひし水を捨てにゆく真赤な椿咲くところまで
■1941年生まれ高野公彦
文字清き原稿なれば割付【わりつけ】の赤字入れつつ心つつしむ
■1946生まれ河野裕子
目薬は赤い目薬が効くと言ひ椅子より立ちて目薬をさす
■1947年生まれ小池光
坂の上に真ッ赤に夕日がころがりをりのぼりつめたる人の吸はるる
■1950年生まれ山下一路
20箸寮屬ぢヾ錣冒泙傾まれた赤いあたまのボクはポンプだ
■1952生まれ藤原龍一郎
意思表示せぬままいくつ夏越えてさびしやわれのこの赤裸【あかはだか】
■1955生まれ渡辺松男
どの窓もどの窓も紅葉であるときに赤子のわれは抱かれていた
■1956年生まれ小島ゆかり
走り来て赤信号で止まるとき時間だけ先に行つてしまへり
■1958年生まれ坂井修一
夏の花赤(せき)大輪にあらねども散れよと見ればしづかに散れり
■1959年生まれ加藤治郎
少量の粉をふりまく水流に赤きひとひら巻きあがりたり 
■1962年生まれ俵万智
年末の銀座を行けばもとはみな赤ちゃんだった人たちの群れ
■1962生まれ穂村弘
回転灯の赤いひかりを撒き散らし夢みるように転ぶ白バイ
■1963生まれ東直子
「ハ・ル」という唇のまま時を止めふたりは赤きぼんぼりのなか
■1964生まれ佐藤弓生
遊園地行きの電車で運ばれる春のちいさい赤い舌たち
■1968生まれ千葉聡
赤クレーン ウルトラマンの故郷【フルサト】を指【さ】したらスイッチ切られちゃったよ
■1969生まれ吉川宏志
家中に塩が溜まってゆくように赤子は泣けり十月の夜を
■1969生まれ中沢直人
格上の私学で講義する朝の外耳は赤く勃起している
■1970生まれ梅内美華子
古書店に赤き文学全集のさびたるは酸き林檎のような
■1988生まれ千種創一
焦点を赤い塔からゆるめればやがて塔から滲みでた赤

 

〇久真八志
『21世紀のダメ男歌』
・既存の価値観では「男らしくない男」つまり「ダメ男」という烙印を押されかねない男性像をあえて表現している作者たちを集め、実際には多様である男性像を提示することで、「男らしさ」とは何かを考え直す新しい視点を読者に提供したい。


■吉川宏志
へらへらと父になりたり砂利道の月見草から蛾が飛びたちぬ
■山田航
たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく
■奥田亡羊
たまにしか会えない父は遠く来て子の玉入れの入らぬを見つ
■法橋ひらく
冬がくる 空はフィルムのつめたさで誰の敵にもなれずに僕は
■光森裕樹
母の名に〈児〉を足し仮の名となせる吾子の診療カードを仕舞ふ
■しんくわ
はっきりもっと鈍感になって近年の猪木のように年を取りたし
■吉田隼人
いくたびか掴みし乳房うづもるるほど投げ入れよしらぎくのはな
■永井祐
ミケネコがわたしに向けてファイティングポーズを取った殺しちまうか
■吉岡太朗
わしのした便のほのかなぬくもりがいつかは衆生(たみ)を救ふんやろうか
■江田浩司
少しずつ毒を混ぜたり出来る地位主夫というのは楽しかるらん


(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十八回)二〇一八年二月十二日(月)
 於あんさんぶる荻窪(第1会議室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、HARUKA、千葉聡 


 今回のKabamyは「少年と庭、少女と廊下―千葉聡と佐藤弓生、比べ読み!」です。千葉聡さんと佐藤弓生さんの作品を読み比べて、二人の作風の違いを考えてみようという企画です。

 

(1)イントロダクション 
クイズ:次の五首のうち、千葉さんと佐藤さんの作品はどれでしょう?
(A)さびしいといえばさびしい真昼間の黒鍵のないピアノを鳴らす    笹井宏之
(B)よく揺れるピアノの譜面台に棲む傷も光もぬるい液体    千葉聡
(C)春の日の不可知を問えばとうとうとピアノをあふれくる黒い水 佐藤弓生
(D)わたくしのしずかなピアノが声をもちその翼には銀河もうつる 井辻朱美
(E)ふと星がやわらかくなりいもうとと夜のピアノをひきあったこと 加藤治郎

 

(2)進行の説明
・「作風」の一要素として、あるキーワードをどのように扱うか、を今回は考える
・「少年」「少女」「庭」「廊下」は千葉さんと佐藤さんが共通で他の作者よりも高い頻度で使うキーワードであることがわかった。
【闇鍋調べ】
少年率 他の作者0.54%   佐藤1.12%  千葉1.07% 
少女率 他の作者0.47%   佐藤1.29%  千葉1.21% 
庭率  他の作者0.3%   佐藤0.56%  千葉0.54% 
廊下率 他の作者0.2%   佐藤0.40%  千葉0.67% 

 

(3)キーワードマップを作ろう
・チームを作り、各キーワードを割り当てる(前半は「少年」「少女」、後半は「廊下」「庭」で行った。ここではまとめて記す)
「少年」チーム:千葉、HARUKA、久真
「少女」チーム:高柳、飯島
「廊下」チーム:HARUKA、高柳、久真
「庭」チーム:千葉、飯島


・各チームは、割り当てたキーワードから連想する物事を自由にたくさん挙げる
大き目の付箋に書いて、模造紙に次々貼っていきます。インターネットなどで調べてもOK。

 

・印象(雰囲気、感じ)の近いものをグループ化する。グループの目安は5ケ前後。
付箋をグループごとに貼り直してまとめていきます。


・各グループの「トーン」を一言二言で表して、分類する。
グループに見出しをつける作業です。各キーワードは以下のトーンに分類されました。
少年……「アクティブ」「憧れ」「悩み」「学」「成長」「冒険」
少女……「元気、強い、あかるい」「弱い、獲物、ターゲット」「脱少女」「神秘」「カワイイ」
廊下……「仮のいこい」「長い」「逃げ場がない」「嫌」「移動」「異界への道」「屋内」
庭……「植物」「動物」「庭にあるもの」「イメージ」「文学の庭」「現実の庭」

 

(4)作品をあてはめてみよう
各チームに割り当てキーワードを使った千葉・佐藤両作者の作品を書いた短冊を配布。歌の短冊を、作品がさきほど作ったトーングループのうち近いものに置いていき、テープで貼る。

 

(5)作者の特徴をずばり言おう
これまでの結果をもとに、「千葉作品の【キーワード】のトーンは〇〇、佐藤作品の【キーワード】のトーンは〇〇。なお二人とも〇〇なトーンからは遠い」という内容をまとめる。それぞれ代表的な一首を添える。以下は代表的な一首ととともに、近い分類がされた歌を掲載。

 

・少年
佐藤弓生作品のトーンは「ネガティブな成長」
例歌:翅乾きゆくをとどめ得ず少年は少年を脱ぐ夏の夜明けに
千葉聡作品のトーンは「ポジティブな憧れ」
例歌:少年のまなざし そこにあるものもそこにないものも見ているような
どちらの作者とも遠いトーンは「悩み」「学」

 

・少女
佐藤弓生作品のトーンは「脱少女」
例歌:海へゆく日を待ちわびた少女期を思えば海はいまでもとおい
千葉聡作品のトーンは「神秘的な強さ」
例歌:この夏も少女漫画の新人賞めざしてる君 虹食いながら
どちらの作者とも遠いトーンは「かわいい」

 

・廊下
佐藤弓生作品のトーンは「廊下そのものが異界」
例歌:土くれがにおう廊下の暗闇にドアノブことごとくかたつむり
千葉聡作品のトーンは「閉ざされた場所の仮の憩い」
例歌:完全下校チャイムは消えて廊下には日ざしの匂いの闇が生まれた 
どちらの作者とも遠いトーンは「嫌」

 

・庭
佐藤弓生作品のトーンは「イメージの庭」
例歌:胸に庭もつ人とゆくきんぽうげきらきらひらく天文台を 
千葉聡作品のトーンは「現実の庭」
例歌:野球部の試合後、中庭で大声で応援団の解団式あり 
どちらの作者とも遠いトーンは「(庭に)ありがちなもの」


(6)考察
・各チームの分析結果をもとに、作者ごとのキーワードとそのトーンの関係をより抽象化して「作者の言葉の扱い方」を議論してまとめる。


《会場意見》
・千葉作品の「少年」「少女」には共通して、主体が対象を見ている構図があった。一方で佐藤作品の場合は共通して「少年」「少女」になりかわったような語り口がみられた。この点も両作者の差ではないか。
・佐藤作品の「庭」は、そこから宇宙を見ていたりする。また「廊下」でも宇宙のイメージがある。これらの場所のイメージは、どこか別の世界への飛躍を果たす出発点や飛躍先として登場している。
・4つのキーワードをまとめたときの千葉作品の傾向。少年や少女は、主体的に変化を求めそれを果たすエネルギーを持った存在として登場する。そして廊下や庭は学校の風景として登場するとともに、彼や彼女らのエネルギーが溜まる場所でもある。主体はそれらの場所からエネルギーを感じ取っている。もしかするとそのエネルギーは再びその場を通る誰かに還っていき、循環するのかもしれない。
・4つのキーワードをまとめたときの佐藤作品の傾向。少年や少女はいずれも彼や彼女らのものではない、大きなエネルギーにさいなまれている。それは彼や彼女の望むものではなく、不可避で宿命的なエネルギーである。「廊下」「庭」などの場所は、そのようなエネルギーの存在する世界から飛躍し脱出するための出発点あるいは飛躍先そのものである。とはいえ、飛躍した先にも別のエネルギーがあり、また彼や彼女はさいなまれるかもしれない。

 

《参加者の声》
・初期段階では第六感的な嗅覚(推理・洞察力)を使わなくて済むのは吉。
いきなり作品を見るんじゃなくて、先に、比較する語の一般的な連想脈を全部出しておく、という順序が吉。その段階では推理、洞察といった能力を使わない。
・千葉さんと弓生さんとは、共通点があるという感じがせず、そもそも比較しようと思ったことがない。でも、というか、だから、というか、共通して多用する語句による比較は、やりやすいし、有意義な相違点を浮き彫りにしやすいとも思う。
・千葉聡における「校庭」がしばしば現実との接点※として使われるならば、佐藤弓生は、校庭じゃなくて、何を現実との接点にしているか、というふうに、比較をもっともっと展開したかった。
(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十七回)二〇一七年十二月十七日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1会議室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、沢茱萸、HARUKA、木村友、田中有芽子、中成 (ゲスト)高村七子

 

今回は「音」がテーマです。前半は参加者が持ち寄った「音がいい」と思う短歌を分析し、そう思わせる要素について考察します。後半は実際に「音がいい」短歌を作って歌会を行いました。

 

〈前半〉「音がいい」短歌はなぜ音がいいのか考えよう
(1)チーム分けし、話し手と聞き手と書記を決める。役割はローテーションする。話し手は「音がいい」と思うのはなぜかを話す。書記は「音がいい」を構成する要素としてあがったものを書き留める。聞き手は話し手の話を掘り下げて、要素を聞き出す
(2)書き留めた複数の要素をまとめ、音のよさを決める重要度順にランキングを作成する。
(3)各チームでランキングを発表

 

〇各参加者が持ち寄った「音がいい」と思う短歌
・HARUKA選
 こころねを ととのえてゆく ことのはの さやかゆれつつ ことたまをきく HARUKA
・高柳蕗子選
体液の虹の濃度を勝ちほこり ぼくは四郎砲声デザイナー  高柳蕗子
・沢茱萸選
 多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき  万葉集 巻14・3373 東歌 作者未詳
・飯島章友選
 ひかれあう力は痛い 翌朝のひのきのふたのほのかなしめり 東直子『春原さんのリコーダー』
・久真八志選
 口論にすっきりと勝つ空想が酢につけた蓮の根を白くする  温井ねむ
・中成選 
 君かへす朝の舗石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ  北原白秋
・高村七子選
 夢を見る戦火の中をふたりして走るとなりで君が倒れる  松野志保
・木村友選
 雪に傘、あはれむやみにあかるくて生きて負ふ苦をわれはうたがふ 小池光『バルサの翼』
・田中有芽子選
 ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは 在原業平・百人一首

 

《Webアンケートより》
・暴動羨しけれ わがむねに昏昏と僧帽瓣の紅き僧帽  塚本邦雄
(コメント)近代音楽的な変拍子・転調・多重的な意味・律動の戯れに圧倒された。
・氷(こほり)ゐるみるめなぎさのたぐひかはうへおく袖のしたのささ浪 藤原定家(六百番歌合)
・熟田津(にぎたづ)に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな 額田王(万葉集)
・わが胸にぶつかりざまにJe(ジュ)とないた蝉はだれかのたましいかしら 杉崎恒夫『パン屋のパンセ』
・喜悦したきんきん声で麒麟までも跪拝し曰く「君が嫌いだ」 高柳蕗子『あたしごっこ』
・白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう  斎藤史
・けふもまた冷たいドアを鎖すとき鉄より鉄をぬきさりし音 木下こう『体温と雨』

 

〇チームごとにランキング発表
・HARUKA、中チーム
1.同じ母音、子音の多用
2.単調ではないアクセントがある
3.柔らかい言葉が多い
4.オノマトペ
5.連続的な音が多い 

 

・高柳、飯島、木村チーム
1.五十音の行ごとの特徴を生かす
2.ありがちなメロディーからの脱却
3.間を生かす

 

・久真、沢、田中チーム
1.口をあまり動かさない(母音の連続、くちびるがくっつかない)
2.着地点がそろう(同じ子音が同じ位置)
3.音と調和したモチーフ
4.子音は互い違いで母音は連続
5.流れるような感じ(変化があって元に戻る)

 

〈後半〉「音がいい」短歌を作ってみよう歌会
(1)「野菜の名前」だけを使って短歌を作る。助詞や助動詞を一切使わないこと。同じ単語は二回まで使用可。
(2)一人二点持ち、無記名にて投票

 

〇結果
()内は得点、※は他の参加者からのコメント

・高柳蕗子
(2)トマトミニトマト唐がらしぴいまん 水菜みぶなめキャベツわさび菜
※破調かと思いきや五七五七七は守っている。「唐がら・しぴいまん」となるのが面白い。


・中成
(0)サツマイモトマトアボカドトウモロコシシメジブロッコリーズッキーニ
※「シメジブロッコ」からの下句のリズムがいいが、三句目「トウモロコシ」が字余りのわりに効いていない。s音も言いにくさがある。


・田中有芽子
(3)コールラビルッコラケールズッキーニペピーノフルーツトマトゴマウド
※長音と促音の多用で弛緩と緊張が繰り返されリズムが良い。最後のゴマウドは賛否両論。


・HARUKA
(4)ねぎわけぎあおねぎこねぎくじょうねぎねぶかしもにたねぎふかやねぎ
※下句のノリがよく、音がきれい。「ねぎ」で口を閉じるが、「か」「た」「かや」でア音がくるので花が開くような爽快感がある。


・高村七子
(3)セリセロリパセリシロウリブロッコリ キュウリニガウリマクワウリセリ
※濁音と半濁音が効果的。五七五七七にはまっていてきれい。もうすこし崩しも必要では?


・久真八志
(1)ゴママッシュルームタロイモサツマイモ サトイモソラマメタカナナタマメ
※「ゴママッシュ」が面白い。下句のまとまりがいい。m音は言いにくい。


・飯島章友
(2)アカカブライチゴダイコンウドスズナエリンギユリネオクラレンコン
※「イチゴダイコン」は「いちご大福」、「ウドスズナ」は「ウド鈴木」など既存の単語に似た響きでつなげたところにしっくり来る感じが強い。アイウエオで折句をしている。


・木村友
(1)トマトカブ春菊しめじキュウリウリケール松茸なすさつまいも
※下句のリズムがきれいに感じる。「まつ」「なす」「さつ」で畳みかけるように韻を踏んでいる。


・沢茱萸
(2)パセリセリパクチーちぢみホウレンソウアーティチョークズッキーニアズキ
※「アーティチョークズ・ッキーニアズキ」という下句の展開が気持ちよくないリズムだが、不思議に印象的である。

 

〈会場意見〉
・これまでは音のいい短歌についてリフレインなどに着目しているだけだったが視野が広がった。
・音に着目して読むのは初めてなのでどうコメントしてよいかわからなかった。
・珍しい企画。ここまで徹底して音にこだわる機会はない。
・似たような仕上がりの短歌が出てくると思っていたが、いずれも個性的だった。
・きれいにまとめるより、自然なリズムで面白いと感じる部分がある方が印象に残りやすいのではと思った。
・メロディー(音の高い低いのつらなり)という視点が発見だった。


(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十六回)二〇一七年十月八日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1教室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、山下一路、法橋ひらく、こずえユノ、藤島優実、沢茱萸、前田宏
 
 今回のKabamyは「このゆびとまれ!スーパーアメフラシ!」です。山下一路さんの歌集「スーパーアメフラシ」を取り上げます。また2月のKabamyで開発した「このゆびとまれ!」という方式を採用しました。


※配布資料は左記のリンクまたはKabamyブログにて公開しています、
https://drive.google.com/open?id=1DPykN0Z23Q1fqL0-tq0TZ9q5Wi3cEAtN

 

〈進め方〉
・事前に公開でWebアンケートを実施する。
回答者は「スーパーアメフラシ」の抜粋三〇首のうち良いと思う五首を選ぶ。
また山下一路さんへのインタビューに対して「同感するか」を回答する。
・結果から、インタビューへの同感の度合いによって選歌傾向に偏りのある歌をピックアップし、理由を参加者が考察する。

 

〈アンケート結果の概要〉
インタビュー1
聞き手:市民運動に参加されているそうですが、どのような主張をお持ちですか?
山下:非戦、護憲(九条の非戦条項)は絶対だと思っています。


・「全く同感する」回答者の選が多かった歌
たんぽぽのぽぽひとつひとつに分散しぽぽそれぞれが春の軍隊 【P145】
あやまちのすべてを鳥のせいにして皆殺しにする飼育係は 【P13】
ボツボツの黄色い線のうえを歩きつづけて世界の外側にでて行く 【P125】
特快はもうありません酸素ボンベわすれた人は帰ってください 【P138】


・「あまり同感しない」「全く同感しない」回答者の選が多かった歌
すれすれな家族のあいだを削りつつ歯間ブラシがすりぬけてゆく 【P55】


インタビュー2
聞き手:運動に参加しているのはなぜですか?
山下:声をあげないでいると現政権の憲法改悪、戦争のできる国の方向を認めているように思われると嫌なので、機会を作って行動参加している。


・全く同感
この子がおまえの子だと先生に言われ教室の端に立つ参観日 【P148】
ボツボツの黄色い線のうえを歩きつづけて世界の外側にでて行く 【P125】
特快はもうありません酸素ボンベわすれた人は帰ってください 【P138】


・同感なし
かたわらに折り畳み式一生があり展がるたびに水がこぼれる 【P29】
二駅目で座れたのに目のまえにおばさんが立つ。死ねとばかりに 【P129】
回転をする世界ハマチ・ツブ貝・アボカド・イクラ戦争 【P70】

 

インタビュー3
聞き手:市民運動に参加しているけれど選挙運動はあまりお好きでないとうかがいましたが?
山下:あくまで一市民として、主張の合う運動に参加しています。昔から党派性が嫌いです。なぜなら、啓蒙的だから。ここでいう啓蒙とは「党が蒙昧な大衆を指導して階級闘争に勝利する」みたいな、旧いイメージです。市民運動が選挙活動に集約されてしまうのは、政党政治に主要部分を委ねることになってしまうので好ましくないのですが、今の時代に他に良い方法もないので「しょうがないか」と思っています。


・全く同感
押入れにかくれているの 母さんはごそごそさせてやがてカナブン 【P23】
残飯はルワンダほどにあるけれどホントに欲しいコンビニがない 【P102】


・同感なし
ゆずれない一線ひいてみろと少年にスゴまれている小さな砂場 【P64】
二駅目で座れたのに目のまえにおばさんが立つ。死ねとばかりに 【P129】

 

インタビュー4
聞き手:市民運動と作歌はつながっていますか?
山下:(験悗濃彖曚糧揚を目指すみたいなものとは距離を置いています。短歌を作るのは、世界とつながっていたいから。世界というのは社会とか他者とも言い換えられて、それらと自分との関係性を相対化しようとしています。現実の社会を土台にして生活していて、そこでの生きづらさや違和感を、自己の表出として作品に反映しています。
∋毀臼親阿呂海譴蕕隆蕎陲鮴治過程で現実化したいという自己の指示性としての欲求と考えています。


・全く同感
この子がおまえの子だと先生に言われ教室の端に立つ参観日 【P148】
順番に十階のフェンスを越えて子供が落ちる 飛べないのだ 【P113】


・同感なし
たんぽぽのぽぽひとつひとつに分散しぽぽそれぞれが春の軍隊 【P145】
ゆずれない一線ひいてみろと少年にスゴまれている小さな砂場 【P64】

 

〈参加者の考察〉
〇前田宏
「たんぽぽの〜」に、インタビュー1で同感する回答者の選が多かった理由は、「軍隊」という言葉の持つ猛々しさや恐ろしさを無化していることによって戦争に反対する層から支持を得やすかったためではないか。逆にインタビュー4で同感なしとした回答者の選が多かった理由は、「作歌が現実を反映させる必要はない」という価値観のもと、たんぽぽと軍隊の結びつきに詩を感じた層からの支持ではないか。


〇山下一路
「ボツボツの〜」に、インタビュー2で同感する回答者が多かったのは、歌意が日常行動からとらえやすい点によるのではないか。選をした回答者は、作者像と歌の主体をほぼ同じと捉えて理解しているためではないか。


〇沢茱萸
「この子が〜」に、インタビュー4で同感する回答者の選が多かった理由は、「文学において思想の発揚を目指していない」という見解への共感が回答者にあるからではないか。あまり社会的な立場から歌を読まない(詠まない)スタンスや、学校という場面設定のなじみやすさから票を入れたのではないか。

 

〇久真八志
「順番に〜」に、インタビュー4で同感する回答者の選が多かった理由は、「現実の社会を土台にしている」ことや「生きづらさや違和感」への共感がある層の支持ではないか。歌に生きづらさや社会への違和感が強いため。

 

〇高柳蕗子
「あやまち〜」に、インタビュー1で同感する回答者の選が多い理由は、勧善懲悪的な構図での解釈が成り立ちやすいからではないか。一部のリベラル派には、はっきりとした善悪で世の中を捉えるきらいがあるように思う。

 

〇藤島優実
「かたわらに〜」に、インタビュー2で同感しない回答者の選が多い理由は、自分が行動しても世界はあまり変わらないという、やや自己批判を含んだ気持ちがある回答者からの支持ではないか。「ひろがる」「ころがる」など自動詞の目立つこの歌には、現状をどうしようもできないという諦めも感じられる。

 

〇こずえユノ
「特快は〜」に、インタビュー2でやや同感する回答者の選が多い理由は、市民運動に参加するような、格差社会への疑問を大きく持っている層が支持しているからではないか。酸素ボンベの有り無しや都会など、特別な階級の人の特権を感じさせる歌であるため。

 

〇飯島章友
「かたわらに〜」に、インタビュー2で同感しない回答者の選が多い理由は、理念よりも現在の状況に応じて対応を考えるタイプの支持が集まったからではないか。「一生」や「水がこぼれる」という現実性に感応したのかも。

 

〇法橋ひらく
「二駅目で〜」に、インタビュー2と3に同感しない回答者の選が多い理由は、無力感や若干の被害者意識などに共感する人に支持が多かったからではないか。社会的な善とされる規範を守りたい、正しくありたいという気持ちがあり、それによって自分のしたいことが実行できない屈託があるのではないか。

 

〈参加者から〉
・事前アンケート結果の傾向から『スーパーアメフラシ』にアプローチしてみるという試みは新鮮でした。アンケートの回答者が一〇〇人くらいいればもっとはっきり見えてくるものがあったかもしれません。
・政治や宗教や社会問題の話はシャレにならないことが多く、ふだんは腹を割って話すことができませんが、今回のように、取り上げる歌集に関連づけて歌人たちの政治的・社会的傾向に踏み込めたことは、大変意義があったと思います。またそのアンケートのためにごじぶんの歌群を叩き台として提供されたばかりでなく、ごじぶんの政治的意見を事前に表明された山下一路さんは本当に凄い人だと思います。
・今回の試みで、相関を見いだすのはすごく難しい、とわかった。(中略)私という読者がたまたま作者の信念をひとつキャッチして、共感したとか、反感を持った、というようなことは、意味の薄い論点だ、とわかった。
(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十五回)二〇一七年八月二十日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1教室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、中成、山下一路、鈴木智子、木村友、本田葵
 
 今回のKabamyは「論点を探そう!評から読みとく斉藤斎藤「人の道、死ぬと町」(後半戦)」です。斉藤斎藤「人の道、死ぬと町」を引き続き取り上げます。


前半戦の総括のなかで、斉藤斎藤作品を読んでいてときに嫌悪や腹立ちを感じるという意見がありました。また山田消児「斉藤斎藤論(斉藤斎藤には打消し線)」の結びには『これからも皆の神経を楽しく逆撫でし続けてほしい』とも。斉藤斎藤作品の評を参照すると、このようにさまざまな読者の神経を「逆なで」しているケースが見られます。ただし「逆なで」することが直接ネガティブな評価へと繋がっているわけではないようです。斉藤斎藤作品の「読者の神経を逆なでする」性質は、作品の一つの特徴と考えられそうです。

そこで今回のKabamyでは、斉藤斎藤作品の「逆なで」を集中的に分析し、作品に寄与しているか否かを検討します。
※「逆なで」……今回はネガティブな感情を喚起する事と定義する

 

今回は「人の道、死ぬと町」のなかでも特に読者からの反響が大きい(よく取り上げられる)「証言、わたし」「予言、〈私〉」「NORMAL RADIATION BACKGROUND 3 福島」の三作品を集中的に取り上げます。

 

以下は二つのグループに分かれて進めました。
チームA:高柳、飯島、中、山下
チームB:久真、鈴木、木村、本田

 

〈進め方〉
対象作品に関して書かれた評論や座談会資料(評者や発言者がネガティブな感情を覚えたことを語っているもの)から、また参加者自身が対象作品を読んだ感想から、次の表を作成する。
(1)読者のネガティブな感情
(2)1の感情を喚起した作品の特徴
(3)2の特徴が1の感情を喚起した理由
(4)一連の過程が持つ効果(良い効果、悪い効果)

完成した対応表をもとに、この分析結果から該当作品をどのように「評価」するかを検討してグループとしての結論をつけていく。

以下、グループごとに成果発表。

 

●チームA
評価:問題提議として価値がある

 

理由:短歌表現として許容されている幾つかの固定観念を刺激し、不快感等を起こさせ、それぞれの「一線」を意識させる

結論までの経緯:既存の評論をベースにまとめていった。論者のなかで倫理的に間違っているという不快感、死者に成り代わっている事への拒否感を述べている。また短歌として散文的過ぎるのではないかという意見もあり短歌としての固定観念をも刺激しているようだ。それまで読者が考えていなかったことを考えさせる状況を作り出している。倫理観、私性や短歌表現として許容される固定観念を刺激することは、短歌の領域や表現の領域を考えさせることにつながり、評価できると結論付けた。

 

ディスカッション:
・作者というか歌集に向き合いたくないという感情を持ってしまう。社会性が強すぎるため。社会性から離れるために詩歌をしているところがあるので、作者と考え方がかけ離れていると感じる。
・短歌表現として許容される固定観念として倫理の問題が含まれるのはなぜか?→短歌という場では、死の扱いについても特有の許容範囲があると思われる。死者に成り代わって詠んだ歌の例は古典にも見いだせるのに、今回の歌は拒否感があるという意見は、それだけでは批判としては機能しない。別の理由があるのではないか。
・結論は、各読者が普段意識しない固定観念があり、その境界線を刺激されると言い換えられるかもしれない。→刺激されているのは境界線ではなく、矛盾点のようなものだと補足できるのではないか。あるテーマに関して厳密につきつめるとうまく答えられない、ダブルスタンダードを含んだ、曖昧な領域を誰しも持っているのでは。その曖昧さを突かれてしまうから嫌な感情を覚えるのではないか。
・斉藤斎藤作品は自分の考えを表明して読者に問いかけるような歌の他に、微妙な言葉遣いを駆使し主体をぼかして自分の考えは隠しつつ読者に問題を問うような歌も多い。このような歌は読者としても逃げる余地がなく、追いつめられてしまうのではないか。

 

●チームB
評価:読者に考えさせる効果はあるが、作者が前面に出ていると感じられるため、その効果が打ち消されてしまっている

 

理由:ユニークな引用手法、テーマ性などで様々な問題意識を読者に持たせる・考えさせる効果がある。しかしそのような問題に踏み込んだり、ユニークな手法をを使う作者性も強く感じられてしまうので、作者の意図や価値観が結局気になってしまう。よって効果が打ち消され、弱まってしまう。

 

結論までの経緯:こちらのチームは参加者の感想が多く集まったのでそれを中心にまとめた。覚えた感情としては「混乱した」「えらそうで嫌」「それって短歌でいいの?」「気持ち悪い」「切実さに圧倒させる」「ずるい」「不真面目な感じがする」「他人事感がある」など。このなかで中心的なものをまとめると、「情報量が多すぎて理解が追いつかないゆえの混乱」「誰の視点なのかよくわからない」「死の扱い方に問題がある気がする」などの理由によるものであった。それらの効果として「作者が前面に出過ぎと感じられてしまう」(ユニークな引用手法を用いること、さまざまなタブーに踏み込んでいること、などによる)ことと、「わからない点が多いので読解の余地を多く残し、読者に問題を考えさせる」というものがあるとした。ただ、読解の余地が多くある一方で読者が読みに迷ってしまうことがあるので、そこで作者が前面に出過ぎていると、つい作者の意図や価値観が気になってきてしまう。結局、作者は何がしたいのかという話題に展開しやすく、読者に考えさせる効果を打ち消してしまっているのではないか、と結論した。

 

ディスカッション:
・「わからない」とは何がわからないのか? 作品の内容やテーマはある程度明確ではないか → 読者がどのように読んでいいかわからないということである。普通であれば読みの幅が広いことは歓迎されやすいが、斉藤斎藤作品の読解の余地が大きいところが、むしろどう読んでいいか迷わせる。→ 迷わせるのは作品内の事実関係というより、作品が描く内容に対して読者がどういう態度を示すべきかという点ではないか。さまざまな問題意識に触れているため、読者が読みを示すなかで、自分がその問題に対してどう臨んでいるかまで表明しなければいけないような気にさせられる。 → 今までの短歌では読者に直接問いかけるような形式の歌もある(「あなたはどうなのか?」という止め方)が、その場合は作者が問いかけているという読みを示せば終わりだった。斉藤斎藤作品の場合、それができない。

 

〈会場意見〉
・問題に対して「お前はどうなのだ?」というような問いかけを含むような方法は、啓蒙主義に通ずるものがある。それがちょっと出ていて、あまり気に入らない。
・今回はネガティブな感情を表現した評論資料を参考にしたが、これらの論者は本当にこう思っていたのか気になる。本当はもっと面白かったのでは? でも作品が誰かのタブーに触れている、こういうやり方に反感を持つ人がいることを想定し彼らに配慮しているため、ネガティブな印象は受けたがそれはこれこれこういう良い評価につながるという書き方になってしまうように思った。
・言葉の軽さという指摘があったが、気軽に「死ね」と冗談めかしていう環境にいるので、あえて軽く書いているように感じる。そこにあまり問題を感じない。
・散文の付け足しのように短歌が書かれている作品は、短歌は散文に貢献するものなのかと不安になった。散文に対抗する短歌とは何かを考えさせられた。

 

(記/久真八志)