Kabamy30のお知らせです。

定員はありませんが、人数把握のため参加希望の方はkabamy@kaban-tanka.jp(Kabamy専用アドレス)までなるべくご連絡をお願いします。当日飛び入り参加も可能です。

終了後に二次会(喫茶店)があります。

 

【日時】【重要!開催場所が変わりました!】

日時:6/10(日) 14時-17時

場所:かたらいの道市民スペース 第2会議室 ※最寄:JR三鷹駅

地図:http://www.musashino-culture.or.jp/sisetu/katarai/top.html

会費:300円

 

【企画】

あなたも短歌の酵母菌!? トマトぐっちょん歌会!

 

【内容】

今回は会員の高柳蕗子さんの歌論集「短歌の酵母」(沖積舎)を扱います。

その中でも巻頭の評論「トマトぐっちょんベイベー!」をテーマにします。

 

――短歌は巨大で長命な「生命みたいなもの」と言える面がある。そして、その「生命みたいなもの」は、短歌に関わる人々に散らばって存在している。人間側から見れば、人は自らの意志で短歌を詠んでいるのだが、短歌の側から見れば、人間の意識に偏在し、人という酵母菌たちに短歌を詠ませているのだ。つまり人と短歌は共生関係にある。(「短歌の酵母」まえがきより抜粋)

 

「トマトぐっちょんベイベー!」を読むと、多くの歌人がトマトをモチーフに歌を詠んできたことによって、トマトが歌材として重層的な意味を帯びてきていることがわかります。歌人は酵母菌として「トマト」を醸してきたといえるかもしれません。歌人が酵母菌として短歌を醸すのは無意識なものですが、今回は高柳さんの評論を念頭に入れつつ、あえて酵母菌としての私たちを少し意識してみようと思います。

それによって参加者一人一人の作歌の意識にどんな影響があるか、「トマトぐっちょんベイベー!」を下敷きにしつつ、話し合ってみましょう。果たしてどんな結果になるでしょうか?

 

【進め方】

前半 とまとぐっちょん歌会

 題詠「トマト」で歌会。参加者は作るにあたって「トマトぐっちょんベイベー!」を一読してくることとします。

後半 座談会 テーマ「今回の企画で歌を作るときに、いつもの作歌と違っていたこと」

 

【事前課題・準備資料について】

参加者は以下の課題をお願いします。見学のみも可。

・評論「トマトぐっちょんベイベー!」を一読する。

 資料リンク(期間限定公開中):https://drive.google.com/open?id=1D_xKrx8JmgMaPZU0-a7KgK-JC0ecqdTN

・題詠「トマト」にて短歌を一首提出する。6/8(金)まで。

 詠み込み指定あり。ただしトマトを指すものであれば「赤茄子」などの異名は可。

 提出先ははkabamy@kaban-tanka.jpとなります。

 

 

【参加資格】

・会員、購読会員のどなたでも参加できます。事前連絡なしで当日飛び入りの参加も歓迎です。

・非会員で参加を希望される方は事前の連絡が必要です。

 

以上、よろしくお願いします。

 

久真八志

Kabamyレポート(第二十九回)二〇一八年四月八日(日)
 於かたらいの道・市民スペース(第1会議室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友 
 今回のKabamyは「勝手にアンソロジーを企画しよう!」です。参加者それぞれが歌人アンソロジー企画を考えました。なお収録する歌人は100年以内に生まれた歌人に限ります。

 

〇飯島章友
『三十一文字(みそひともじ)のミステリー』  
・「三十一文字のミステリー」とは、本のタイトルであると同時に、あらかじめ与えられた方向性でもあります。「ミステリー」という方向性を与えられたとき、それぞれの短歌は作者の歌意を離れ、恐ろしくも蠱惑的なミステリーへと変わっていくことでしょう。収録歌から皆さんはどのようなミステリーを創出するのでしょうか。わずか三十一文字だからこそ、読者の想像力が活かされるのです。


■春日井建『未青年』
夜行針を壁よりはづせり十四歳の甥の水死の刻(とき)九時五分
■寺山修司『月蝕書簡』
義母義兄義妹義弟があつまりて花野に穴を掘りはじめたり 
■村木道彦『天唇』
マフラーは風になび交うくび長き少女の縊死を誘うほどの赤
■石川美南『離れ島』
なんとまあ重い肉塊 ひきずつて冬の休日診療所まで
■佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』
縊死、墜死、溺死、轢死を語りたり夕餉の皿に取り分くるごと
■東直子『青卵』
つぶしたらきゅっとないたあたりから世界は縦に流れはじめる
■浅井和代『春の隣』
いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり
■松平盟子『青夜』
梨をむくペティ・ナイフしろし沈黙のちがひたのしく夫(つま)とわれとゐる  
■加藤治郎『サニー・サイド・アップ』
樹をぬらす雨に目覚めて二階から姉の降りてくる気配をにくむ
■佐藤昌『冬の秒針』
うつむいてコピーしているわたくしをだれかがコピーしているような

 

〇高柳蕗子
『大人向けの美麗短歌絵本シリーズ 第一期 十人十色』
・体裁は横長の子供の絵本みたく、見開きで絵と短歌を配置する=30ページ
・イラストレーター3人で5人ずつとか
・コンセプトは鑑賞だが、巻末に解説。多少は年代や個性を比較しテーマを考察。
・「赤」の回を例示


■1919年生まれ杉崎恒夫
目が赤くなるのはC D花粉症モーツァルトはとくにあぶない
■1920年生まれ塚本邦雄
停電の赤き木馬ら死を載せてとまれり われはそれに跨る
■1928年生まれ馬場あき子
赤うをの煮こぼれし目の白玉はさびしくもあるか口にふふみて
■1929年生まれ高瀬一誌
十冊で百五十円也赤川次郎の本が雨につよいことがわかりぬ
■1936年生まれ寺山修司
トラホーム洗ひし水を捨てにゆく真赤な椿咲くところまで
■1941年生まれ高野公彦
文字清き原稿なれば割付【わりつけ】の赤字入れつつ心つつしむ
■1946生まれ河野裕子
目薬は赤い目薬が効くと言ひ椅子より立ちて目薬をさす
■1947年生まれ小池光
坂の上に真ッ赤に夕日がころがりをりのぼりつめたる人の吸はるる
■1950年生まれ山下一路
20箸寮屬ぢヾ錣冒泙傾まれた赤いあたまのボクはポンプだ
■1952生まれ藤原龍一郎
意思表示せぬままいくつ夏越えてさびしやわれのこの赤裸【あかはだか】
■1955生まれ渡辺松男
どの窓もどの窓も紅葉であるときに赤子のわれは抱かれていた
■1956年生まれ小島ゆかり
走り来て赤信号で止まるとき時間だけ先に行つてしまへり
■1958年生まれ坂井修一
夏の花赤(せき)大輪にあらねども散れよと見ればしづかに散れり
■1959年生まれ加藤治郎
少量の粉をふりまく水流に赤きひとひら巻きあがりたり 
■1962年生まれ俵万智
年末の銀座を行けばもとはみな赤ちゃんだった人たちの群れ
■1962生まれ穂村弘
回転灯の赤いひかりを撒き散らし夢みるように転ぶ白バイ
■1963生まれ東直子
「ハ・ル」という唇のまま時を止めふたりは赤きぼんぼりのなか
■1964生まれ佐藤弓生
遊園地行きの電車で運ばれる春のちいさい赤い舌たち
■1968生まれ千葉聡
赤クレーン ウルトラマンの故郷【フルサト】を指【さ】したらスイッチ切られちゃったよ
■1969生まれ吉川宏志
家中に塩が溜まってゆくように赤子は泣けり十月の夜を
■1969生まれ中沢直人
格上の私学で講義する朝の外耳は赤く勃起している
■1970生まれ梅内美華子
古書店に赤き文学全集のさびたるは酸き林檎のような
■1988生まれ千種創一
焦点を赤い塔からゆるめればやがて塔から滲みでた赤

 

〇久真八志
『21世紀のダメ男歌』
・既存の価値観では「男らしくない男」つまり「ダメ男」という烙印を押されかねない男性像をあえて表現している作者たちを集め、実際には多様である男性像を提示することで、「男らしさ」とは何かを考え直す新しい視点を読者に提供したい。


■吉川宏志
へらへらと父になりたり砂利道の月見草から蛾が飛びたちぬ
■山田航
たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく
■奥田亡羊
たまにしか会えない父は遠く来て子の玉入れの入らぬを見つ
■法橋ひらく
冬がくる 空はフィルムのつめたさで誰の敵にもなれずに僕は
■光森裕樹
母の名に〈児〉を足し仮の名となせる吾子の診療カードを仕舞ふ
■しんくわ
はっきりもっと鈍感になって近年の猪木のように年を取りたし
■吉田隼人
いくたびか掴みし乳房うづもるるほど投げ入れよしらぎくのはな
■永井祐
ミケネコがわたしに向けてファイティングポーズを取った殺しちまうか
■吉岡太朗
わしのした便のほのかなぬくもりがいつかは衆生(たみ)を救ふんやろうか
■江田浩司
少しずつ毒を混ぜたり出来る地位主夫というのは楽しかるらん


(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十八回)二〇一八年二月十二日(月)
 於あんさんぶる荻窪(第1会議室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、HARUKA、千葉聡 


 今回のKabamyは「少年と庭、少女と廊下―千葉聡と佐藤弓生、比べ読み!」です。千葉聡さんと佐藤弓生さんの作品を読み比べて、二人の作風の違いを考えてみようという企画です。

 

(1)イントロダクション 
クイズ:次の五首のうち、千葉さんと佐藤さんの作品はどれでしょう?
(A)さびしいといえばさびしい真昼間の黒鍵のないピアノを鳴らす    笹井宏之
(B)よく揺れるピアノの譜面台に棲む傷も光もぬるい液体    千葉聡
(C)春の日の不可知を問えばとうとうとピアノをあふれくる黒い水 佐藤弓生
(D)わたくしのしずかなピアノが声をもちその翼には銀河もうつる 井辻朱美
(E)ふと星がやわらかくなりいもうとと夜のピアノをひきあったこと 加藤治郎

 

(2)進行の説明
・「作風」の一要素として、あるキーワードをどのように扱うか、を今回は考える
・「少年」「少女」「庭」「廊下」は千葉さんと佐藤さんが共通で他の作者よりも高い頻度で使うキーワードであることがわかった。
【闇鍋調べ】
少年率 他の作者0.54%   佐藤1.12%  千葉1.07% 
少女率 他の作者0.47%   佐藤1.29%  千葉1.21% 
庭率  他の作者0.3%   佐藤0.56%  千葉0.54% 
廊下率 他の作者0.2%   佐藤0.40%  千葉0.67% 

 

(3)キーワードマップを作ろう
・チームを作り、各キーワードを割り当てる(前半は「少年」「少女」、後半は「廊下」「庭」で行った。ここではまとめて記す)
「少年」チーム:千葉、HARUKA、久真
「少女」チーム:高柳、飯島
「廊下」チーム:HARUKA、高柳、久真
「庭」チーム:千葉、飯島


・各チームは、割り当てたキーワードから連想する物事を自由にたくさん挙げる
大き目の付箋に書いて、模造紙に次々貼っていきます。インターネットなどで調べてもOK。

 

・印象(雰囲気、感じ)の近いものをグループ化する。グループの目安は5ケ前後。
付箋をグループごとに貼り直してまとめていきます。


・各グループの「トーン」を一言二言で表して、分類する。
グループに見出しをつける作業です。各キーワードは以下のトーンに分類されました。
少年……「アクティブ」「憧れ」「悩み」「学」「成長」「冒険」
少女……「元気、強い、あかるい」「弱い、獲物、ターゲット」「脱少女」「神秘」「カワイイ」
廊下……「仮のいこい」「長い」「逃げ場がない」「嫌」「移動」「異界への道」「屋内」
庭……「植物」「動物」「庭にあるもの」「イメージ」「文学の庭」「現実の庭」

 

(4)作品をあてはめてみよう
各チームに割り当てキーワードを使った千葉・佐藤両作者の作品を書いた短冊を配布。歌の短冊を、作品がさきほど作ったトーングループのうち近いものに置いていき、テープで貼る。

 

(5)作者の特徴をずばり言おう
これまでの結果をもとに、「千葉作品の【キーワード】のトーンは〇〇、佐藤作品の【キーワード】のトーンは〇〇。なお二人とも〇〇なトーンからは遠い」という内容をまとめる。それぞれ代表的な一首を添える。以下は代表的な一首ととともに、近い分類がされた歌を掲載。

 

・少年
佐藤弓生作品のトーンは「ネガティブな成長」
例歌:翅乾きゆくをとどめ得ず少年は少年を脱ぐ夏の夜明けに
千葉聡作品のトーンは「ポジティブな憧れ」
例歌:少年のまなざし そこにあるものもそこにないものも見ているような
どちらの作者とも遠いトーンは「悩み」「学」

 

・少女
佐藤弓生作品のトーンは「脱少女」
例歌:海へゆく日を待ちわびた少女期を思えば海はいまでもとおい
千葉聡作品のトーンは「神秘的な強さ」
例歌:この夏も少女漫画の新人賞めざしてる君 虹食いながら
どちらの作者とも遠いトーンは「かわいい」

 

・廊下
佐藤弓生作品のトーンは「廊下そのものが異界」
例歌:土くれがにおう廊下の暗闇にドアノブことごとくかたつむり
千葉聡作品のトーンは「閉ざされた場所の仮の憩い」
例歌:完全下校チャイムは消えて廊下には日ざしの匂いの闇が生まれた 
どちらの作者とも遠いトーンは「嫌」

 

・庭
佐藤弓生作品のトーンは「イメージの庭」
例歌:胸に庭もつ人とゆくきんぽうげきらきらひらく天文台を 
千葉聡作品のトーンは「現実の庭」
例歌:野球部の試合後、中庭で大声で応援団の解団式あり 
どちらの作者とも遠いトーンは「(庭に)ありがちなもの」


(6)考察
・各チームの分析結果をもとに、作者ごとのキーワードとそのトーンの関係をより抽象化して「作者の言葉の扱い方」を議論してまとめる。


《会場意見》
・千葉作品の「少年」「少女」には共通して、主体が対象を見ている構図があった。一方で佐藤作品の場合は共通して「少年」「少女」になりかわったような語り口がみられた。この点も両作者の差ではないか。
・佐藤作品の「庭」は、そこから宇宙を見ていたりする。また「廊下」でも宇宙のイメージがある。これらの場所のイメージは、どこか別の世界への飛躍を果たす出発点や飛躍先として登場している。
・4つのキーワードをまとめたときの千葉作品の傾向。少年や少女は、主体的に変化を求めそれを果たすエネルギーを持った存在として登場する。そして廊下や庭は学校の風景として登場するとともに、彼や彼女らのエネルギーが溜まる場所でもある。主体はそれらの場所からエネルギーを感じ取っている。もしかするとそのエネルギーは再びその場を通る誰かに還っていき、循環するのかもしれない。
・4つのキーワードをまとめたときの佐藤作品の傾向。少年や少女はいずれも彼や彼女らのものではない、大きなエネルギーにさいなまれている。それは彼や彼女の望むものではなく、不可避で宿命的なエネルギーである。「廊下」「庭」などの場所は、そのようなエネルギーの存在する世界から飛躍し脱出するための出発点あるいは飛躍先そのものである。とはいえ、飛躍した先にも別のエネルギーがあり、また彼や彼女はさいなまれるかもしれない。

 

《参加者の声》
・初期段階では第六感的な嗅覚(推理・洞察力)を使わなくて済むのは吉。
いきなり作品を見るんじゃなくて、先に、比較する語の一般的な連想脈を全部出しておく、という順序が吉。その段階では推理、洞察といった能力を使わない。
・千葉さんと弓生さんとは、共通点があるという感じがせず、そもそも比較しようと思ったことがない。でも、というか、だから、というか、共通して多用する語句による比較は、やりやすいし、有意義な相違点を浮き彫りにしやすいとも思う。
・千葉聡における「校庭」がしばしば現実との接点※として使われるならば、佐藤弓生は、校庭じゃなくて、何を現実との接点にしているか、というふうに、比較をもっともっと展開したかった。
(記/久真八志)