Kabamy31のお知らせです。
定員はありませんが、人数把握のため参加希望の方はkabamy@kaban-tanka.jp(Kabamy専用アドレス)までなるべくご連絡をお願いします。当日飛び入り参加も可能です。
終了後に二次会(喫茶店)があります。

 

【日時】
日時:9/9(日) 14時-17時
場所:かたらいの道市民スペース 第2会議室 ※最寄:JR三鷹駅
地図:http://www.musashino-culture.or.jp/sisetu/katarai/top.html
会費:300円

 

【企画】
美味しそうな、歌会。

 

【内容】
今回は美味しそうな歌に挑戦してみようと思います。
前回「トマト」の歌を扱っている中で、味について直接表現した歌は少ないのではないか?特に、美味しいを表現した歌は少ないのではないか?という話題が出ました。
そもそも美味しいをきちんと表現するのって難しいのでは?ということで、今回のテーマが決まりました。

今回のテーマ:「短歌で美味しそうだと感じさせる歌を作るのは難しいのか? 難しいとしたら、それはなぜか」をみんなで考える

そのために、美味しそうな歌を作ってみて、気づいたことを話し合います。
みなさんが考える美味しそうな歌、お待ちしています。

 

【進め方】
前半 美味しそうな歌会
 題詠「美味しそうな歌」で歌会。
 ※食べ物、飲み物について美味しそうだと感じさせる歌。読み込み指定なし。
 ※参加者は作歌にあたって資料「美味しそうなことばの表現集」を一度は参照のこと。

  「美味しそうな言葉の表現集」(かばん内アンケートにて作成)


後半 座談会 テーマ「美味しそうな歌を作るのは難しいか?」

 

【事前課題について】
・参加者は以下の課題をお願いします。
 題詠「美味しそうな歌」にて短歌を一首提出する。9/7(金)まで。
 提出先:kabamy@kaban-tanka.jp
・歌の提出はせず見学のみも可。

 

【参加資格】
・会員、購読会員のどなたでも参加できます。事前連絡なしで当日飛び入りの参加も歓迎です。
・非会員で参加を希望される方は事前の連絡が必要です。

Kabamyレポート(第三十回)二〇一八年六月十日(日)
 於かたらいの道・市民スペース(第1会議室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、藤島優実、沢茱萸、山下一路、屋上エデン、木村友

今回は高柳蕗子さんの歌論集「短歌の酵母」(沖積舎)を扱います。その中でも巻頭の評論「トマトぐっちょんベイベー!」をテーマにします。

 

〇「トマトぐっちょんベイベー!」の要点
・「潰れたトマト」と「虐げられる人体(生命)」のイメージの結びつき。歌語としての暗示力の獲得。
・「トマト」を爐澆鵑吻瓩撚慮譴望些覆気擦襦爐澆鵑覆亮衒銑瓩箸い視点

 

〈前半〉歌会
題詠「トマト」(詠みこみ指定あり。ただし別名称は使用可) 参加者は作るにあたって「トマトぐっちょんベイベー!」を一読してくること。
無記名の状態で詠草を配布。良い歌に投票する(持ち点は自由)

 

・塩付きのしっぽふりふり肺がんの犬噛み砕く黄色いトマト 久真八志
2点:「黄色いトマトを犬が噛み砕く」のか、「黄色いトマトが犬を噛み砕く」のか。飛躍が多いのでどちらの意味にも取れてしまう。
黄色いトマトが食べているとするとパックマンのようなモンスターを想像する。塩付きのしっぽが修飾としてどう機能しているのかわからない。

 

・表情筋もたぬトマトの放血のざまにおもわず汚言症アゲイン 高柳蕗子
4点:まずプロレスの流血シーンを思い出した。加害者や被害者のいる風景がトマトを使ってうまくやわらげられている。
「汚言症アゲイン」の言い方が新しい。耳に残る。
「ざまにおもわず」のところで少し勢いが削がれているので、他の表現があるのでは。

 

・ポリティカルコレクトネスと唱へたらトマトのしみもみるみるきえる 
飯島章友
4点:「ポリティカルコレクトネス」が呪文でもあり洗剤の商品名のようでもある。
トマトのしみはトマトの色素沈着か?→洋服のしみではないか。
偏った意見(偏見)が汚れに喩えられており、そのような意見が公の場から姿を消している。それがポリティカルコレクトネス。人間臭い意見が漂白される現代の状況を描いているのでは。
トマトを用いた必然性はないかもしれない。

 

・トマトからトマトへ進む 縫うように食い散らかしてぼくは煙草蛾 
藤島優実
6点:煙草蛾は野菜一般を食べる害虫。トマトの表面の虫食いは煙草蛾の幼虫の仕業。結句の言い切りなどから、「ぼく」の高い自己肯定感を感じさせる。この歌もトマトが虐げられるイメージを利用している。
人間からは害虫だが、煙草蛾にとっては食い散らかすのは当たり前。その世界観の違いに面白みがある。
上句はあまり工夫がなく、効果がないのではないか。

 

・まだ若いトマトの青いにおいかぐ まるごと火事は海馬をわたる 沢茱萸
2点:青いトマトから火事(赤)につながる連想が面白い。「まるごと」がトマトを丸かじりしたような感触も想起させつつ、記憶が海馬を渡る感覚を強めている。
「若い」と「青い」は意味が重複しているのでどちらかでよいのではないか。
トマトのにおいと鍛冶の記憶が結びつく展開は、小説などならば魅力的な一節になり得る。

 

・桃太郎口いっぱいに頬張れば目から鼻から夏はとびだす 山下一路
4点:「桃太郎」はトマトの品種。しかしこの歌はキャラクターの桃太郎をかじっているかのように一瞬思わせる効果がある。
「夏はとびだす」とあるが、トマトをかじった描写のために、目から鼻からトマトジュースが飛びだすインパクトのある光景が浮かぶ。
夏とトマトとのつながりは順当なので(トマトは夏の季語でもある)、おさまりが良すぎるかもしれない。

 

・トマト投げ祭の赤い雨のなか昔のきみと出会ってみたい 屋上エデン
3点:「トマト投げ祭」はスペインの祭。街中が赤い洪水のようになる光景がニュースなどで流れる。
あくまで会いたいのは「昔のきみ」であって、「今のきみ」ではないところがポイントだろう。「昔のきみ」は永遠に変わらない存在であり、「今の私」はそれを求めている。
ところで現在の私の状況は、実際にトマト投げ祭の場にいるのか、トマト投げ祭の中で会いたいこと自体が比喩なのか、判然としない。

 

・道化師を庭に立たせてみたけれど手にも鼻にもトマトはならず 木村友
6点:他の歌と異なり、トマトの不在を詠っている。道化師を立たせる=いじめることが、虐げられる体=トマトのイメージと繋がっているので、そこで不在とする結句の意外性が効果をあげている。
道化師は普通ならば手品で花を出すので、手にトマトがなるというイメージもうまくつながっている。鼻ももともと赤いので同様。

 

〈後半〉座談会「今回の企画で歌を作るときに、考えていたこと」
・久真八志
赤いトマト以外のトマトを詠もうと考えた。黄色いトマトはつぶれても血ではなく、膿などの体液のイメージがあった。よって肺がんなどのイメージが出てきた。

 

・高柳蕗子
トマトが潰されるイメージを一歩進めて、トマトが残虐性をかき立てるようなイメージを考えた。トマトの感情が表されない気がしたので、表情筋を入れた。

 

・飯島章友
「直接的に言いにくいことを表せる歌材を歌人は探す」「みんなの手柄」などの視点を意識した。政治用語によってみんなの手柄が無化されるようなイメージが浮かんできた。

 

・藤島優実
プレイボーイのイメージで詠んでみた。トマトを詠むにあたって被害の連想から遠ざかり、楽しい雰囲気の歌にしようとしたのだが、結局はトマトが食い散らかされる女性の身体っぽくなってしまった。

 

・沢茱萸
潰れトマトの連想脈から離れようと意識し、飛躍のある形になった。読者に物語を喚起させるような歌になってしまったことは反省点。トマトのヘタの匂いは好きで取り入れてみた。

 

・山下一路
虐げられたものという連想から離れようと、明るい雰囲気で作ってみた。トマトとするよりは桃太郎と具体名にした。下句の夏は飛びだすはもう少しひねってもよかったかもしれない。

 

・屋上エデン
トマトと人間の血や命とのイメージのつながりを意識した。トマト投げ祭りのどろどろした光景に血まみれのまま生まれ変わるという連想を持った。そのため「昔のきみ」に会うという展開になった。

 

・木村友
虐められるイメージからは離れたいと思って詠んだが、実際は道化師が虐げられる様を表してしまっていた。立っている道化師のイメージは中原中也の詩から。

 

〈参加者より〉
・評論を読み、虐げるイメージをそのままに使わないように気をつけた人も、結果として虐げるイメージが歌に入った例もあって、「トマト≒心身の虐待」という連想脈は暗示表現にうってつけのレベルであり、作者の思い通りに操れない無意識領域ひたひたのあたりの表現であることもうかがえた。
・提出された八首すべてを時間をかけて鑑賞することができて、とても有意義に感じました。今回の「トマトぐっちょん歌会」では最後に作者が自分の作品についてコメントする時間が設けられ、それがとても面白かったです。作者の意図と「読まれ方」がかけ離れていた作品もいくつかあり、まさに短歌(歌語)が酵母菌をみるみる繁殖させているのを目の当たりにしたような、多少大げさですが、そんな印象を持ちました。        
(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十九回)二〇一八年四月八日(日)
 於かたらいの道・市民スペース(第1会議室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友 
 今回のKabamyは「勝手にアンソロジーを企画しよう!」です。参加者それぞれが歌人アンソロジー企画を考えました。なお収録する歌人は100年以内に生まれた歌人に限ります。

 

〇飯島章友
『三十一文字(みそひともじ)のミステリー』  
・「三十一文字のミステリー」とは、本のタイトルであると同時に、あらかじめ与えられた方向性でもあります。「ミステリー」という方向性を与えられたとき、それぞれの短歌は作者の歌意を離れ、恐ろしくも蠱惑的なミステリーへと変わっていくことでしょう。収録歌から皆さんはどのようなミステリーを創出するのでしょうか。わずか三十一文字だからこそ、読者の想像力が活かされるのです。


■春日井建『未青年』
夜行針を壁よりはづせり十四歳の甥の水死の刻(とき)九時五分
■寺山修司『月蝕書簡』
義母義兄義妹義弟があつまりて花野に穴を掘りはじめたり 
■村木道彦『天唇』
マフラーは風になび交うくび長き少女の縊死を誘うほどの赤
■石川美南『離れ島』
なんとまあ重い肉塊 ひきずつて冬の休日診療所まで
■佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』
縊死、墜死、溺死、轢死を語りたり夕餉の皿に取り分くるごと
■東直子『青卵』
つぶしたらきゅっとないたあたりから世界は縦に流れはじめる
■浅井和代『春の隣』
いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり
■松平盟子『青夜』
梨をむくペティ・ナイフしろし沈黙のちがひたのしく夫(つま)とわれとゐる  
■加藤治郎『サニー・サイド・アップ』
樹をぬらす雨に目覚めて二階から姉の降りてくる気配をにくむ
■佐藤昌『冬の秒針』
うつむいてコピーしているわたくしをだれかがコピーしているような

 

〇高柳蕗子
『大人向けの美麗短歌絵本シリーズ 第一期 十人十色』
・体裁は横長の子供の絵本みたく、見開きで絵と短歌を配置する=30ページ
・イラストレーター3人で5人ずつとか
・コンセプトは鑑賞だが、巻末に解説。多少は年代や個性を比較しテーマを考察。
・「赤」の回を例示


■1919年生まれ杉崎恒夫
目が赤くなるのはC D花粉症モーツァルトはとくにあぶない
■1920年生まれ塚本邦雄
停電の赤き木馬ら死を載せてとまれり われはそれに跨る
■1928年生まれ馬場あき子
赤うをの煮こぼれし目の白玉はさびしくもあるか口にふふみて
■1929年生まれ高瀬一誌
十冊で百五十円也赤川次郎の本が雨につよいことがわかりぬ
■1936年生まれ寺山修司
トラホーム洗ひし水を捨てにゆく真赤な椿咲くところまで
■1941年生まれ高野公彦
文字清き原稿なれば割付【わりつけ】の赤字入れつつ心つつしむ
■1946生まれ河野裕子
目薬は赤い目薬が効くと言ひ椅子より立ちて目薬をさす
■1947年生まれ小池光
坂の上に真ッ赤に夕日がころがりをりのぼりつめたる人の吸はるる
■1950年生まれ山下一路
20箸寮屬ぢヾ錣冒泙傾まれた赤いあたまのボクはポンプだ
■1952生まれ藤原龍一郎
意思表示せぬままいくつ夏越えてさびしやわれのこの赤裸【あかはだか】
■1955生まれ渡辺松男
どの窓もどの窓も紅葉であるときに赤子のわれは抱かれていた
■1956年生まれ小島ゆかり
走り来て赤信号で止まるとき時間だけ先に行つてしまへり
■1958年生まれ坂井修一
夏の花赤(せき)大輪にあらねども散れよと見ればしづかに散れり
■1959年生まれ加藤治郎
少量の粉をふりまく水流に赤きひとひら巻きあがりたり 
■1962年生まれ俵万智
年末の銀座を行けばもとはみな赤ちゃんだった人たちの群れ
■1962生まれ穂村弘
回転灯の赤いひかりを撒き散らし夢みるように転ぶ白バイ
■1963生まれ東直子
「ハ・ル」という唇のまま時を止めふたりは赤きぼんぼりのなか
■1964生まれ佐藤弓生
遊園地行きの電車で運ばれる春のちいさい赤い舌たち
■1968生まれ千葉聡
赤クレーン ウルトラマンの故郷【フルサト】を指【さ】したらスイッチ切られちゃったよ
■1969生まれ吉川宏志
家中に塩が溜まってゆくように赤子は泣けり十月の夜を
■1969生まれ中沢直人
格上の私学で講義する朝の外耳は赤く勃起している
■1970生まれ梅内美華子
古書店に赤き文学全集のさびたるは酸き林檎のような
■1988生まれ千種創一
焦点を赤い塔からゆるめればやがて塔から滲みでた赤

 

〇久真八志
『21世紀のダメ男歌』
・既存の価値観では「男らしくない男」つまり「ダメ男」という烙印を押されかねない男性像をあえて表現している作者たちを集め、実際には多様である男性像を提示することで、「男らしさ」とは何かを考え直す新しい視点を読者に提供したい。


■吉川宏志
へらへらと父になりたり砂利道の月見草から蛾が飛びたちぬ
■山田航
たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく
■奥田亡羊
たまにしか会えない父は遠く来て子の玉入れの入らぬを見つ
■法橋ひらく
冬がくる 空はフィルムのつめたさで誰の敵にもなれずに僕は
■光森裕樹
母の名に〈児〉を足し仮の名となせる吾子の診療カードを仕舞ふ
■しんくわ
はっきりもっと鈍感になって近年の猪木のように年を取りたし
■吉田隼人
いくたびか掴みし乳房うづもるるほど投げ入れよしらぎくのはな
■永井祐
ミケネコがわたしに向けてファイティングポーズを取った殺しちまうか
■吉岡太朗
わしのした便のほのかなぬくもりがいつかは衆生(たみ)を救ふんやろうか
■江田浩司
少しずつ毒を混ぜたり出来る地位主夫というのは楽しかるらん


(記/久真八志)