Kabamy25のお知らせです。

 

【日時】
日時:8/20(日) 14時-17時
場所:あんさんぶる荻窪 第1教室(3階) ※最寄:JR荻窪駅
地図:http://www.city.suginami.tokyo.jp/shisetsu/katsudo/ensemble/1018713.html
会費:300円

 

【企画】
論点を探そう!評から読みとく斉藤斎藤「人の道、死ぬと町」後半戦
副題:「逆なで」から読みとこう!

 

【内容】
前回(前半戦)の総括のなかで、斉藤斎藤作品を読んでいてときに腹立ちや戸惑いを感じるという意見が出ました。また、前半戦で扱った山田消児さんの評論「斉藤斎藤論(斉藤斎藤には打消し線)」の結びにも『これからも皆の神経を楽しく逆撫でし続けてほしい』とありました。あらためて斉藤斎藤作品の評を参照すると、さまざまな読者の神経を「逆なで」しているケースが見られるようです。もっとも、「逆なで」することが直接ネガティブな評価へと繋がっているわけではないようですが……。
ということで、斉藤斎藤作品の「読者の神経を逆なでする」性質は、作品の一つの特徴と考えられそうだと気づきました。そこで今回のKabamyでは、斉藤斎藤作品の「逆なで」を集中的に分析し、作品に寄与しているか否かを検討してみたいと思います。

 

【進め方】
以下のように進行する予定です(内容は予告なく変わる場合がございます)
一般的な歌集を読む勉強会とは少しやり方が異なりますのでご注意ください。
全てワークショップの流れのなかで行いますし、チームを組んで行いますので、難しそうだなあと構えなくても大丈夫です。

 

・歌集「人の道、死ぬと町」に収録された連作のうち、今回の分析対象として一つ〜複数の作品をスタッフから指定します
・該当作品について書かれた評から、評者が「逆なで」された経験を語っているものをピックアップします
※「逆なで」……今回は『ネガティブな感情を喚起する事』と定義する
・参加者からも該当作品を読んで「逆なで」される感覚があるか発表してもらいます
・なぜ読者が「逆なで」されるかを分析し、その効果があるか否かを検討していただきます
・最終的に「逆なで」の観点から斉藤斎藤作品への評価を提出していただきます


【事前課題・準備資料について】
必要な資料はKabamyスタッフが準備します。参加者での準備は不要です。
事前に指定する連作を読んできていただくことになると思いますが、詳細は参加のご連絡の際にお知らせします。

 

【参加資格】
・前半戦に参加していなくても参加できます
・会員、購読会員のどなたでも参加できます。事前連絡なしで当日飛び入りの参加も歓迎ですが、資料の配布もありますので事前の連絡を推奨します。
・非会員で参加を希望される方は事前の連絡が必要です。

 

【連絡先】
kabamy@kaban-tanka.jp(Kabamy専用アドレス)までご連絡をお願いします。
終了後に二次会(喫茶店)があります。二次会に参加されない方は申し込みの際あわせてお伝えください。


Kabamyスタッフ 久真八志

本企画にともない斉藤斎藤作品に関する評論、また斉藤斎藤自身の発表作品や評論の情報をお寄せいただきました。

以下にその情報をまとめたリストを公開します。(エクセルファイル。Googleドライブ使用)

 

↓クリックしてリンクが開きます

斉藤斎藤に関する資料リスト

 


 

Kabamyレポート(第二十四回)二〇一七年六月十八日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1教室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、藤島優実、吉川満、足田久夢、飯島章友、中成、山下一路、河野瑤、乗倉寿明、あかみ (ゲスト)ユキノ進、花笠海月、二三川練、神垣文明、牛尾今日子、伝右川伝右
 
 今回のKabamyは「論点を探そう!評から読みとく斉藤斎藤「人の道、死ぬと町」(前半戦)」です。2月に実施した関心のある歌集アンケート同率一位の斉藤斎藤「人の道、死ぬと町」を取り上げます。たたき台になる評を決めて、それを基に作品について何らかの結論を出していこうと思います。
またKabamy22で考案した長期戦システムを採用します。今回は前後半の、前半戦となります。

 

〈事前課題〉
あらかじめ選定した斉藤斎藤歌集または収録作品に関する評論を参加者に読んでもらいました。
[A]斉藤斎藤論(*斉藤斎藤に打ち消し線)  山田消児
「Es 24号 囀る」2012年11月

 

[B]短歌時評 第82回 「はじまりの対話」と斉藤斎藤  錦見映理子
「詩客」サイト「短歌時評」2012年12月21日
http://shiika.sakura.ne.jp/jihyo/jihyo_tanka/2012-12-21-12517.html

 

[C]一首鑑賞 くす玉から平和のハトが弧をえがくドームの骨の上の青空
都築直子  日々のクオリア 2013年9月13日
http://sunagoya.com/tanka/?p=10927

 

[D]他者と併存すること 花山周子
黒日傘5号 2015年9月28日

 

[E]地上5ミリの視点 大辻隆弘
青磁社ホームページ 短歌時評 2008年2月12日
http://www3.osk.3web.ne.jp/~seijisya/jihyou/jihyou_080212.html

 

〈当日〉
(1) イントロダクション
・各参加者に「主張に同意できるかはともかく、最も重要な論点を扱っている評論」を選んで挙げてもらう。
・人数調整し、取り扱いたい評論ごとにと4人グループを作る。今回はC以外の評論を1グループずつで担当することになった。

A:高柳蕗子、吉川満、足田久夢、乗倉寿明、
B:山下一路、二三川練、神垣文明、牛尾今日子
D:河野瑤、藤島優美、ユキノ進、伝右川伝右
E:中成、飯島章友、あかみ、花笠海月

 

(2) チーム作業 
目的:「歌集『人の道、死ぬと町』の特徴は〇〇である」という結論を出すこと。

・ピラミッドストラクチャー(PS)の作成
各グループで取り扱う評論のロジックを整理してもらう。
ピラミッドストラクチャーとは、文章の【主張】←【理由】←【根拠】←(根拠の根拠……)という構造に整理した図。
なお、ここでは根拠として妥当かどうかは一旦置いておく。
 


・反論の検討
作ったPSの理由と根拠の部分に反論を思いつく限り出す。 

・主張の採用可否を判断
PSを見ながら、反論にどうすれば応えられるかを検討。
反論に応える根拠が用意出来そう→主張を採用
根拠や主張を手直しすれば採用できそう→修正案を立案
・結論を一本化
各チームの結論(対象評論をたたき台にしてできた主張)をまとめる


(3)ラップアップ
各チームごとに発表 
最終的な結論を述べ、その経緯を簡単に説明。

 

A:山田によれば「斉藤斎藤の方法は、私性の極北にあり従来の感覚を逆なでする。必ずしも支持しないが、わかる」という立場で書かれている。斉藤斎藤の意図を説明しきれていないのではないか。
斉藤斎藤作品への違和感を起点にさまざまな検討をしているが、作品を否定はしておらず、評価もしている。ただし結論がはっきりしない部分が多い。山田が「私性」と呼ぶものが不明確で、自意識と言いかえたりしている。
唯一はっきり言っているのが「作者の歌と他人の歌を何の注釈もなしに混ぜたら混乱する」という部分(※)である。「他人の歌に自分の歌をまぜた」という重大で具体的な例に字数をさいていることから、それが「私性」の本質をおびやかす事例として山田はうけとめたと思われる。このような手法で生じる混乱には底なしの不確かさがあるともいえるか。
(※「予言、〈私〉」は発表時、連作に組み込まれている岡井隆の歌の出典表記がなかった。歌集では出典の情報が追加されている)

A

 

B:【斉藤斎藤の歌は、3・11以後に明らかになった現実を提示するための手法で作られている。】なお、“3・11以後”とは、現実の質的変化ではない。
 錦見は、従来のひとつの〈私〉を示す短歌に対して、斉藤斎藤作品は時間や視点の混在があり、複数の「今、ここ」(複数時間、複数の誰かの存在)を表しているとする。3・11以後の現実が変化しており、それは今までの短歌の方法では捉えられない一方で、斉藤斎藤の方法でならば捉えられるかもしれないと錦見は考えているようだ。しかしこの手法はそもそも3・11以後の現実を捉えるために作られたといえるのか、また3・11以後に現実が変化したといえるのかは検討の余地がある。今回、私たちはあくまで3・11以後に「明らかになった」現実を、「把握」ではなく「提示」する手法であるという言い方に留めた。

 

D:【他者の歌の言葉を連作にすることによって斉藤斎藤は当事者しか謡い得ないという短歌の限界を越えようとしている。】
 花山は他者の言葉を使うことで短歌の〈私性〉の限界を超えようとしている、としている。例えば当事者として詠うことはできない限界の問題。
ただ「〈私性〉の限界」と言う表現をしたとき、では〈私性〉とは何かといったおなじみの議論に戻ってしまう。花山の評論は短いためその定義は書かれていない。
私たちは、花山の結論をベースとして、〈私性〉という言葉は曖昧なため排し、より限定的に書き直した。補足:なりかわりで詠うことの倫理を、他者の言葉を使うことで担保しているのではないか。複数の当事者の言葉を扱うために連作である必然性があった、など。

 

E:【斉藤斎藤の視点も吉川のそれと同じく「地上5ミリ」からのものではある。】大辻の評論は論理的には正しいが、結局、斉藤斎藤の目指しているものを捉えきれなくなってしまっているのではないか。
 大辻によれば、斉藤斎藤は吉川宏志による妻を詠んだ作品を「地上5ミリの視点」と分析しつつ妻をやや見下していると指摘している(斉藤斎藤の評論「妻はさびしい」)が、斉藤斎藤のなりかわりのフィクション(「今だから、宅間守」)も「地上5ミリ」である。大辻の言う通り、斉藤斎藤作品も現実から離れた点があるとはいえるが、吉川と斉藤斎藤ではまず目指していることが異なるのではないか。それをどちらも「言葉を発することは本質的に『われ』を現実から引き離す」といっしょくたにまとめてしまうのは、分析の解像度が低いのでは。またそもそも、歌に詠むことと、なりかわり、フィクションを同一視してよいかにも疑問の声があった。

 

〈参加者の声〉
・一つの評論に対してグループで話し合いながら図式化して論じるというやり方は初めてで新鮮でした。評論を初めに読んでいたときとは違った印象を受けたり穴が見えたりと、気づけなかったところに気づくことができてよかったです。また、歌集ではなく歌集の評論を読むことで、歌集に対する理解も深まったように感じました。大変面白かったです。
・考え方やまとめ方を最初に示すのは議論を活発にさせるための手法だと思いますが、短歌についてはみな言いたいことを持って集まっているので、そういった手法なくてフリートークでもよかったのではないでしょうか。
・「評論の言葉尻に振り回されて言いたいことがいろいろ出てきてしまう」という現象のほうがはるかに強くて、本質的なことに迫りきれなかったように思えた。その現象をうまく回避できる方法があれば、みんな余計なことを考えずに済むのだが、と思った。

(記/久真八志)
 

 

 

Kabamyレポート(第二十二回)二〇一七年四月十六日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1教室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、藤島優美、吉川満、白糸雅樹、木村友 


 今回のKabamyは「天使・噴水・飛行船 杉崎恒夫と井辻朱美比べ読み!」です。杉崎恒夫さんと井辻朱美さんの作品を読み比べて、二人の作風の違いを考えてみようという企画です。

 

(1)イントロダクション 
作者名を隠して井辻、杉崎、その他の作者の短歌を見せ、作者名を当てはめるクイズをしました。


・天使
佐藤弓生(A)これもまた天使 くまなくひらかれてこころをもたぬ牛乳パック
井辻朱美(B)甘藍を抱ける天使 生きるとは夢でなければ夢になるべし
杉崎恒夫(C)クリオネは氷のいろに透きとおり天使もどきに疲れてしまう


・噴水
井辻朱美(A)たてがみをひらけ椰子の木(アルハンブラにたったひとつの噴水のように)
杉崎恒夫(B)夏休みもおわりとなれり噴水は配水管のなかの休日
東直子(C)噴水のような約束十時ごろ雲公園にわらわらと人


・飛行船
杉崎恒夫(A)飛行船そなたを旅へかりたてるラグビーボールほどのたましい
光森裕樹(B)ビル背面をゆきてふたたび出て来ざるツェッペリン忌の飛行船かな
井辻朱美(C)銀の尻の象のごとくに浮かびいる飛行船など 秋の教室

 

正解率は半分ぐらい。意外に判定は難しいようです。ただし、同じキーワードを使った歌でもなんとなく扱い方、キーワードの醸し出す雰囲気が異なることがわかりました。

 

 

(2)進行の説明
・「作風」の一要素として、あるキーワードをどのように扱うか、を今回は考える
・「天使」「噴水」「飛行船」は杉崎さんと井辻さんが共通で他の作者よりも高い頻度で使うキーワードであることがわかった。
【闇鍋調べ】
「天使」率 全体:0.17%   杉崎:1.72%  井辻:1.03% 
「噴水」率 全体:0.13%   杉崎:1.41%  井辻:1.45%
「飛行船」率 全体:0.05%   杉崎:0.94%  井辻:0.72%
※母数……全体:63423首 杉崎:639首 井辻:1170首

 

(3)キーワードマップを作ろう
・3つのチームを作り、各キーワードを割り当てる
「天使」チーム:吉川、木村
「噴水」チーム:高柳、藤島
「飛行船」チーム:白糸、久真


・各チームは、割り当てたキーワードから連想する物事を自由にたくさん挙げる
大き目の付箋に書いて、模造紙に次々貼っていきます。インターネットなどで調べてもOK。連想された単語の一例は以下の通り。
天使……翼、性別不承、ラッパ、審判、救い、西洋
噴水……生命力、形をもつ、技術、公園、涼しい、石像
飛行船……冒険、爆発、広告、大きい、空、レトロ


・印象(雰囲気、感じ)の近いものをグループ化する。グループの目安は5ケ前後。
付箋をグループごとに貼り直してまとめていきます。
・各グループの「トーン」を一言二言で表して、分類する。
グループに見出しをつける作業です。各キーワードは以下のトーンに分類されました。


天使……光と愛情(光のような明るい愛情)、嬰児性と不老不死(永遠にこども)、翼、音楽、天国、宗教

K23-3


噴水……生きてるみたい、生命力、おどろき、西洋・反自然、娯楽(楽園)、人工

K23-1
飛行船……楽しい、あやうい、目立つ、大きい、ふわり、レトロ

K23-2

 

(4)作品をあてはめてみよう
各チームに割り当てキーワードを使った杉崎・井辻両作者の作品を書いた短冊を配布(各作者8枚程度)。歌の短冊を、作品がさきほど作ったトーングループのうち近いものに置いていき、テープで貼る。

 

(5)作者の特徴をずばり言おう
これまでの結果をもとに、「井辻作品の【キーワード】のトーンは〇〇、杉崎作品の【キーワード】のトーンは〇〇。なお二人とも〇〇なトーンからは遠い」という内容をまとめる。それぞれ代表的な一首をそえる。以下は代表的な一首ととともに、近い分類がされた歌を掲載。

 

・天使
杉崎恒夫作品のトーンは「翼を持て余している」
例歌:ぼろぼろの大き翼をもつ天使骨董屋のいうままに立ちおり
天使にはなり得なかったひと夏のかいがら骨の羽の痕跡
鶏小舎に飼われていたのはマルケスのぼろぼろ天使二月ふる雨
井辻朱美作品のトーンは「雌雄なき嬰児性」
例歌:アラビアの月の弧をなす眉というを思えり天使に雌雄なければ
純白のシクラメン立つ冬の隅 天使が鼻をかみすてたあと
こな雪のつつむ足もと太虚よりきりなく降る天使の喃語
どちらの作者とも遠いトーンは「愛情」

 

・噴水
杉崎恒夫作品のトーンは「身体をもつ生き物感」
例歌:噴水のシンクロナイズドスイミングたくさんの脚の立つ時のある
捩れつつ立ち直りつつ噴水を支えいるのは水の軟骨
噴水の立ち上がりざまに見えているあれは噴水のくるぶしです
井辻朱美作品のトーンは「勇ましいパワー」
ひとりではささえきれない碧空のため世界に無数の噴水あがる
数条の不滅のたましい噴水のたちあがるところ楽園となる
根源のなつかしさから立ち上がる巨神兵いな噴水の列
どちらの作者とも遠いトーンは「突然性/観光」

 

・飛行船
杉崎恒夫作品のトーンは「冒険への憧れと不安」
例歌:飛行船そなたを旅へかりたてるラグビーボールほどのたましい
こんなにも明るい秋の飛行船ひとつぶの死が遠ざかりゆく
飛行船が浮いている街 地下道をでてから方位狂いはじめる
井辻朱美作品のトーンは「壮大なもののはるけさ」
例歌:万象のそよぐ地上よりはるかにて飛行船とう無秩序の澄む
愛というこの世の温度ぬぐわれて天青【てんせい】の涯【はて】をゆく飛行船
かずかずのはるかさに生きるものたちよ 椰子の木 雨 そして飛行船
どちらの作者とも遠いトーンは「目立つ」

 

(6)発表
チームごとに結果を発表し、解説する。作者ごとに、キーワードとそのトーンの関係をより抽象化して「作者の言葉の扱い方」をまとめる。ここではまとめ時に出てきた意見を掲載します。
・杉崎さんの「天使」は人間に近く、井辻さんの「天使」は人間とは程遠い存在のように感じる。
・杉崎さんの「噴水」に感じる身体は、足に関連する単語も多く、二足歩行しそう。これも人間に近い。井辻さんの「噴水」に感じるパワーは、世界規模の楽園を支えるような、非常に大きなパワー。
・杉崎さんの「飛行船」は不安というネガティブなイメージは薄いのではないか。死がにおわされてはいるが、死はむしろ身体かの解放程度のイメージで、ポジティブでもネガティブでもなくニュートラルな雰囲気がある。

 

・以上より、杉崎さんと井辻さんの作風の違いを次のように結論付けた。
杉崎作品では、人間的な身体への意識が強く、かつその身体をなくした別の存在(たましいなど。人間ではないもの)が詠われる。井辻作品でも、人間を超越したものが詠われる。このとき、井辻作品では人間と人間ではないものとの間に階層があり、人間には到達できないその絶対的な断絶、距離感が作品の基底にある。一方で、杉崎作品での人間と人間でないもののあいだには階層がなく、地続きであり、容易に転換し得るように感じられる。両者を親和的に、等価的に描くのが杉崎作品の特徴である。


(記/久真八志)