Kabamy27のお知らせです。

 

【日時】
日時:12/17(日) 14時-17時
場所:あんさんぶる荻窪 第1会議室(1階) ※最寄:JR荻窪駅
地図:http://www.city.suginami.tokyo.jp/shisetsu/katsudo/ensemble/1018713.html
会費:300円

 

【企画】
音のいい短歌を作ってみよう歌会

 

【内容】
韻律のいい歌、リズムのいい歌、音がここちよい歌、愛唱性のある歌……短歌の音の良さを表現する言葉っていろいろありますよね。
今回は短歌の「音」について理解を深め、さらに「音のいい」短歌をねらって作ってみようという企画です。

 

【進め方】
以下のように進行する予定です(内容は予告なく変わる場合がございます)
・参加者が持ってきた「音がいい」と思う短歌について、「音がいい」と思わせる要素は何か議論してまとめる。
・ねらって「音がいい」短歌を即席で作ってみて、歌会をする。歌は「〇〇の名前」のみを組み合わせて作ります(助詞や助動詞はなし)※お題は当日発表
色の名前のみで作る場合の例:あかきいろ むらさきブルー みどりいろ ビリジアンしろ くろこげちゃいろ

 

【事前課題・準備資料について】
・参加者は「音がいい」と思う短歌を一首持ってきていただきます。
12/10(日)までにkabamy@kaban-tanka.jpへご連絡ください。
※課題の提出が難しい場合はお知らせください。

※自作・他作は問いません。

 

【参加資格】
・会員、購読会員のどなたでも参加できます。事前連絡なしで当日飛び入りの参加も歓迎ですが、資料の配布もありますので事前の連絡を推奨します。
・非会員で参加を希望される方は事前の連絡が必要です。

 

【連絡先】
kabamy@kaban-tanka.jp(Kabamy専用アドレス)までご連絡をお願いします。
終了後に二次会(喫茶店)があります。二次会に参加されない方は申し込みの際あわせてお伝えください。

Kabamyスタッフ 久真八志
 

Kabamyレポート(第二十六回)二〇一七年十月八日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1教室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、山下一路、法橋ひらく、こずえユノ、藤島優実、沢茱萸、前田宏
 
 今回のKabamyは「このゆびとまれ!スーパーアメフラシ!」です。山下一路さんの歌集「スーパーアメフラシ」を取り上げます。また2月のKabamyで開発した「このゆびとまれ!」という方式を採用しました。


※配布資料は左記のリンクまたはKabamyブログにて公開しています、
https://drive.google.com/open?id=1DPykN0Z23Q1fqL0-tq0TZ9q5Wi3cEAtN

 

〈進め方〉
・事前に公開でWebアンケートを実施する。
回答者は「スーパーアメフラシ」の抜粋三〇首のうち良いと思う五首を選ぶ。
また山下一路さんへのインタビューに対して「同感するか」を回答する。
・結果から、インタビューへの同感の度合いによって選歌傾向に偏りのある歌をピックアップし、理由を参加者が考察する。

 

〈アンケート結果の概要〉
インタビュー1
聞き手:市民運動に参加されているそうですが、どのような主張をお持ちですか?
山下:非戦、護憲(九条の非戦条項)は絶対だと思っています。


・「全く同感する」回答者の選が多かった歌
たんぽぽのぽぽひとつひとつに分散しぽぽそれぞれが春の軍隊 【P145】
あやまちのすべてを鳥のせいにして皆殺しにする飼育係は 【P13】
ボツボツの黄色い線のうえを歩きつづけて世界の外側にでて行く 【P125】
特快はもうありません酸素ボンベわすれた人は帰ってください 【P138】


・「あまり同感しない」「全く同感しない」回答者の選が多かった歌
すれすれな家族のあいだを削りつつ歯間ブラシがすりぬけてゆく 【P55】


インタビュー2
聞き手:運動に参加しているのはなぜですか?
山下:声をあげないでいると現政権の憲法改悪、戦争のできる国の方向を認めているように思われると嫌なので、機会を作って行動参加している。


・全く同感
この子がおまえの子だと先生に言われ教室の端に立つ参観日 【P148】
ボツボツの黄色い線のうえを歩きつづけて世界の外側にでて行く 【P125】
特快はもうありません酸素ボンベわすれた人は帰ってください 【P138】


・同感なし
かたわらに折り畳み式一生があり展がるたびに水がこぼれる 【P29】
二駅目で座れたのに目のまえにおばさんが立つ。死ねとばかりに 【P129】
回転をする世界ハマチ・ツブ貝・アボカド・イクラ戦争 【P70】

 

インタビュー3
聞き手:市民運動に参加しているけれど選挙運動はあまりお好きでないとうかがいましたが?
山下:あくまで一市民として、主張の合う運動に参加しています。昔から党派性が嫌いです。なぜなら、啓蒙的だから。ここでいう啓蒙とは「党が蒙昧な大衆を指導して階級闘争に勝利する」みたいな、旧いイメージです。市民運動が選挙活動に集約されてしまうのは、政党政治に主要部分を委ねることになってしまうので好ましくないのですが、今の時代に他に良い方法もないので「しょうがないか」と思っています。


・全く同感
押入れにかくれているの 母さんはごそごそさせてやがてカナブン 【P23】
残飯はルワンダほどにあるけれどホントに欲しいコンビニがない 【P102】


・同感なし
ゆずれない一線ひいてみろと少年にスゴまれている小さな砂場 【P64】
二駅目で座れたのに目のまえにおばさんが立つ。死ねとばかりに 【P129】

 

インタビュー4
聞き手:市民運動と作歌はつながっていますか?
山下:(験悗濃彖曚糧揚を目指すみたいなものとは距離を置いています。短歌を作るのは、世界とつながっていたいから。世界というのは社会とか他者とも言い換えられて、それらと自分との関係性を相対化しようとしています。現実の社会を土台にして生活していて、そこでの生きづらさや違和感を、自己の表出として作品に反映しています。
∋毀臼親阿呂海譴蕕隆蕎陲鮴治過程で現実化したいという自己の指示性としての欲求と考えています。


・全く同感
この子がおまえの子だと先生に言われ教室の端に立つ参観日 【P148】
順番に十階のフェンスを越えて子供が落ちる 飛べないのだ 【P113】


・同感なし
たんぽぽのぽぽひとつひとつに分散しぽぽそれぞれが春の軍隊 【P145】
ゆずれない一線ひいてみろと少年にスゴまれている小さな砂場 【P64】

 

〈参加者の考察〉
〇前田宏
「たんぽぽの〜」に、インタビュー1で同感する回答者の選が多かった理由は、「軍隊」という言葉の持つ猛々しさや恐ろしさを無化していることによって戦争に反対する層から支持を得やすかったためではないか。逆にインタビュー4で同感なしとした回答者の選が多かった理由は、「作歌が現実を反映させる必要はない」という価値観のもと、たんぽぽと軍隊の結びつきに詩を感じた層からの支持ではないか。


〇山下一路
「ボツボツの〜」に、インタビュー2で同感する回答者が多かったのは、歌意が日常行動からとらえやすい点によるのではないか。選をした回答者は、作者像と歌の主体をほぼ同じと捉えて理解しているためではないか。


〇沢茱萸
「この子が〜」に、インタビュー4で同感する回答者の選が多かった理由は、「文学において思想の発揚を目指していない」という見解への共感が回答者にあるからではないか。あまり社会的な立場から歌を読まない(詠まない)スタンスや、学校という場面設定のなじみやすさから票を入れたのではないか。

 

〇久真八志
「順番に〜」に、インタビュー4で同感する回答者の選が多かった理由は、「現実の社会を土台にしている」ことや「生きづらさや違和感」への共感がある層の支持ではないか。歌に生きづらさや社会への違和感が強いため。

 

〇高柳蕗子
「あやまち〜」に、インタビュー1で同感する回答者の選が多い理由は、勧善懲悪的な構図での解釈が成り立ちやすいからではないか。一部のリベラル派には、はっきりとした善悪で世の中を捉えるきらいがあるように思う。

 

〇藤島優実
「かたわらに〜」に、インタビュー2で同感しない回答者の選が多い理由は、自分が行動しても世界はあまり変わらないという、やや自己批判を含んだ気持ちがある回答者からの支持ではないか。「ひろがる」「ころがる」など自動詞の目立つこの歌には、現状をどうしようもできないという諦めも感じられる。

 

〇こずえユノ
「特快は〜」に、インタビュー2でやや同感する回答者の選が多い理由は、市民運動に参加するような、格差社会への疑問を大きく持っている層が支持しているからではないか。酸素ボンベの有り無しや都会など、特別な階級の人の特権を感じさせる歌であるため。

 

〇飯島章友
「かたわらに〜」に、インタビュー2で同感しない回答者の選が多い理由は、理念よりも現在の状況に応じて対応を考えるタイプの支持が集まったからではないか。「一生」や「水がこぼれる」という現実性に感応したのかも。

 

〇法橋ひらく
「二駅目で〜」に、インタビュー2と3に同感しない回答者の選が多い理由は、無力感や若干の被害者意識などに共感する人に支持が多かったからではないか。社会的な善とされる規範を守りたい、正しくありたいという気持ちがあり、それによって自分のしたいことが実行できない屈託があるのではないか。

 

〈参加者から〉
・事前アンケート結果の傾向から『スーパーアメフラシ』にアプローチしてみるという試みは新鮮でした。アンケートの回答者が一〇〇人くらいいればもっとはっきり見えてくるものがあったかもしれません。
・政治や宗教や社会問題の話はシャレにならないことが多く、ふだんは腹を割って話すことができませんが、今回のように、取り上げる歌集に関連づけて歌人たちの政治的・社会的傾向に踏み込めたことは、大変意義があったと思います。またそのアンケートのためにごじぶんの歌群を叩き台として提供されたばかりでなく、ごじぶんの政治的意見を事前に表明された山下一路さんは本当に凄い人だと思います。
・今回の試みで、相関を見いだすのはすごく難しい、とわかった。(中略)私という読者がたまたま作者の信念をひとつキャッチして、共感したとか、反感を持った、というようなことは、意味の薄い論点だ、とわかった。
(記/久真八志)
 

Kabamyレポート(第二十五回)二〇一七年八月二十日(日)
 於あんさんぶる荻窪(第1教室)
 

【参加者】高柳蕗子、久真八志、飯島章友、中成、山下一路、鈴木智子、木村友、本田葵
 
 今回のKabamyは「論点を探そう!評から読みとく斉藤斎藤「人の道、死ぬと町」(後半戦)」です。斉藤斎藤「人の道、死ぬと町」を引き続き取り上げます。


前半戦の総括のなかで、斉藤斎藤作品を読んでいてときに嫌悪や腹立ちを感じるという意見がありました。また山田消児「斉藤斎藤論(斉藤斎藤には打消し線)」の結びには『これからも皆の神経を楽しく逆撫でし続けてほしい』とも。斉藤斎藤作品の評を参照すると、このようにさまざまな読者の神経を「逆なで」しているケースが見られます。ただし「逆なで」することが直接ネガティブな評価へと繋がっているわけではないようです。斉藤斎藤作品の「読者の神経を逆なでする」性質は、作品の一つの特徴と考えられそうです。

そこで今回のKabamyでは、斉藤斎藤作品の「逆なで」を集中的に分析し、作品に寄与しているか否かを検討します。
※「逆なで」……今回はネガティブな感情を喚起する事と定義する

 

今回は「人の道、死ぬと町」のなかでも特に読者からの反響が大きい(よく取り上げられる)「証言、わたし」「予言、〈私〉」「NORMAL RADIATION BACKGROUND 3 福島」の三作品を集中的に取り上げます。

 

以下は二つのグループに分かれて進めました。
チームA:高柳、飯島、中、山下
チームB:久真、鈴木、木村、本田

 

〈進め方〉
対象作品に関して書かれた評論や座談会資料(評者や発言者がネガティブな感情を覚えたことを語っているもの)から、また参加者自身が対象作品を読んだ感想から、次の表を作成する。
(1)読者のネガティブな感情
(2)1の感情を喚起した作品の特徴
(3)2の特徴が1の感情を喚起した理由
(4)一連の過程が持つ効果(良い効果、悪い効果)

完成した対応表をもとに、この分析結果から該当作品をどのように「評価」するかを検討してグループとしての結論をつけていく。

以下、グループごとに成果発表。

 

●チームA
評価:問題提議として価値がある

 

理由:短歌表現として許容されている幾つかの固定観念を刺激し、不快感等を起こさせ、それぞれの「一線」を意識させる

結論までの経緯:既存の評論をベースにまとめていった。論者のなかで倫理的に間違っているという不快感、死者に成り代わっている事への拒否感を述べている。また短歌として散文的過ぎるのではないかという意見もあり短歌としての固定観念をも刺激しているようだ。それまで読者が考えていなかったことを考えさせる状況を作り出している。倫理観、私性や短歌表現として許容される固定観念を刺激することは、短歌の領域や表現の領域を考えさせることにつながり、評価できると結論付けた。

 

ディスカッション:
・作者というか歌集に向き合いたくないという感情を持ってしまう。社会性が強すぎるため。社会性から離れるために詩歌をしているところがあるので、作者と考え方がかけ離れていると感じる。
・短歌表現として許容される固定観念として倫理の問題が含まれるのはなぜか?→短歌という場では、死の扱いについても特有の許容範囲があると思われる。死者に成り代わって詠んだ歌の例は古典にも見いだせるのに、今回の歌は拒否感があるという意見は、それだけでは批判としては機能しない。別の理由があるのではないか。
・結論は、各読者が普段意識しない固定観念があり、その境界線を刺激されると言い換えられるかもしれない。→刺激されているのは境界線ではなく、矛盾点のようなものだと補足できるのではないか。あるテーマに関して厳密につきつめるとうまく答えられない、ダブルスタンダードを含んだ、曖昧な領域を誰しも持っているのでは。その曖昧さを突かれてしまうから嫌な感情を覚えるのではないか。
・斉藤斎藤作品は自分の考えを表明して読者に問いかけるような歌の他に、微妙な言葉遣いを駆使し主体をぼかして自分の考えは隠しつつ読者に問題を問うような歌も多い。このような歌は読者としても逃げる余地がなく、追いつめられてしまうのではないか。

 

●チームB
評価:読者に考えさせる効果はあるが、作者が前面に出ていると感じられるため、その効果が打ち消されてしまっている

 

理由:ユニークな引用手法、テーマ性などで様々な問題意識を読者に持たせる・考えさせる効果がある。しかしそのような問題に踏み込んだり、ユニークな手法をを使う作者性も強く感じられてしまうので、作者の意図や価値観が結局気になってしまう。よって効果が打ち消され、弱まってしまう。

 

結論までの経緯:こちらのチームは参加者の感想が多く集まったのでそれを中心にまとめた。覚えた感情としては「混乱した」「えらそうで嫌」「それって短歌でいいの?」「気持ち悪い」「切実さに圧倒させる」「ずるい」「不真面目な感じがする」「他人事感がある」など。このなかで中心的なものをまとめると、「情報量が多すぎて理解が追いつかないゆえの混乱」「誰の視点なのかよくわからない」「死の扱い方に問題がある気がする」などの理由によるものであった。それらの効果として「作者が前面に出過ぎと感じられてしまう」(ユニークな引用手法を用いること、さまざまなタブーに踏み込んでいること、などによる)ことと、「わからない点が多いので読解の余地を多く残し、読者に問題を考えさせる」というものがあるとした。ただ、読解の余地が多くある一方で読者が読みに迷ってしまうことがあるので、そこで作者が前面に出過ぎていると、つい作者の意図や価値観が気になってきてしまう。結局、作者は何がしたいのかという話題に展開しやすく、読者に考えさせる効果を打ち消してしまっているのではないか、と結論した。

 

ディスカッション:
・「わからない」とは何がわからないのか? 作品の内容やテーマはある程度明確ではないか → 読者がどのように読んでいいかわからないということである。普通であれば読みの幅が広いことは歓迎されやすいが、斉藤斎藤作品の読解の余地が大きいところが、むしろどう読んでいいか迷わせる。→ 迷わせるのは作品内の事実関係というより、作品が描く内容に対して読者がどういう態度を示すべきかという点ではないか。さまざまな問題意識に触れているため、読者が読みを示すなかで、自分がその問題に対してどう臨んでいるかまで表明しなければいけないような気にさせられる。 → 今までの短歌では読者に直接問いかけるような形式の歌もある(「あなたはどうなのか?」という止め方)が、その場合は作者が問いかけているという読みを示せば終わりだった。斉藤斎藤作品の場合、それができない。

 

〈会場意見〉
・問題に対して「お前はどうなのだ?」というような問いかけを含むような方法は、啓蒙主義に通ずるものがある。それがちょっと出ていて、あまり気に入らない。
・今回はネガティブな感情を表現した評論資料を参考にしたが、これらの論者は本当にこう思っていたのか気になる。本当はもっと面白かったのでは? でも作品が誰かのタブーに触れている、こういうやり方に反感を持つ人がいることを想定し彼らに配慮しているため、ネガティブな印象は受けたがそれはこれこれこういう良い評価につながるという書き方になってしまうように思った。
・言葉の軽さという指摘があったが、気軽に「死ね」と冗談めかしていう環境にいるので、あえて軽く書いているように感じる。そこにあまり問題を感じない。
・散文の付け足しのように短歌が書かれている作品は、短歌は散文に貢献するものなのかと不安になった。散文に対抗する短歌とは何かを考えさせられた。

 

(記/久真八志)